順調に見えた部下に「異変」が

 Sさんの育成スタイルは、オーソドックスだ。まずは基本的な資料作成や、会議のレポート作成を行わせて、能力をみきわめながらジワジワと負荷をかけていく。当たり前のようだが、この「適切な負荷」というのが意外と難しい。

 Sさんは、そのあたりのコントロールも上手だった。

 仕事の合間に、「週末どうしてたの?」などと話しかけたりして、ちょっとした会話からコンディションを窺う。疲れを察知して、負荷を調整しながら段々と部下の能力を“ストレッチ“させていくのだ。

 C君は、順調なスタートを切った。注目は感じていたのかもしれないが、特に気負うこともなく仕事をこなしていた。新しい環境で「とにかく吸収しよう」という意欲が強い。チームの空気にもいい影響を与えて、順風満帆のようだった。

 ところが、3ヶ月ほど経った頃から少し異変があった。いつも朝早く来ていたのだが、遅いことも増えた。フレックスタイムなのでそれ自体は問題ないのだけれど、どことなく疲れているように感じる。

 察したSさんも少し仕事量を調整していたのだが、それでも作成する資料の質が、どうもいま一つだったりする。ペースダウンが必要だな、と周囲の誰もが感じるころにSさんは、いきなり人事から呼ばれた。そして、驚くようなことを告げられたのである。

いきなりの「パワハラ」告発に驚く

 Sさんが会議室に入ると、人事のJさんが待っていた。採用活動などで手伝うこともあるので、Sさんとはよく知った仲だ。

 「いや~、なんとも変な話ではあるのですが……」

 開口一番に「変な話」というのも、それこそ変じゃないか。Sさんは思わず思案顔になったが、Jさんも何と言っていいか、という風情である。

 そして、話はC君のことだった。どうやら、今の職場でパワーハラスメントを受けている、つまり「パワハラ」相談を直接人事に持ち掛けたらしい。Sさんの会社では、職場におけるハラスメント行為について、直接社員からの申し立てを受ける窓口を人事部が設けている。

 ただし、こうした話は相当にデリケートだ。何をもってパワハラとするか?という基準にはあいまいなところがある。また、時には本人の「思い込み」のようなケースもあるのだ。

 Jさんとしても、今回の件はさすがに引っかかった。そして、C君の話も今一つ要領を得ないという。

 ただし、話をしているうちに1つ分かったことがあった。それは、C君は周囲が思っている以上に、相当プレッシャーを受けていたということなのだ。彼が予想した以上に、仕事のレベルは高度だった。しかし、根が頑張り屋だけに弱音は吐かない。

 とはいえ実際は毎日自宅に戻ってから遅くまで作業をして、週末も本を読むなど勉強に必死だったらしい。

 「そこまでは、気づいてなかったな……」

 悔しそうに、Sさんは呟く。人一倍気を遣ってきたのだから、見抜けなかったことに責任は感じるだろう。

 「しかしですね」とJさんは、向き直った。どう話を聞いても、これはパワハラとは言えないと思うんですよ。彼にとって仕事がきつかったことはたしかのようです。ところが、それをいきなり『パワハラです』と訴え出るのがどうも解せない……」