
「我慢する」ことは当たり前だと思ってた
まだまだ職場に女性が少なく、ましてや管理職など殆どいない時代から、Mさんは自らキャリアを切り拓いていった。
大学卒業以来、大手流通業の総合職として働き、現在は40代半ばでグループリーダーだ。
結婚もして家事をしながら、子どもを育てた。できそうなことには、すべて挑戦してきた。それでも、我慢したことはたくさんある。
自分のための時間は殆どない。子どもが中学に入った頃から少しは楽になるかと思ったら、今度は仕事が忙しくなる。夫と二人の時間も殆どない。
同世代の女友達が「誕生日に久しぶり夫と二人でレストラン」といってSNSに写真を載せているのを見ると、「どこの世界の話なんだ」と思ってしまう。
「やっぱり、全部は無理なんだなあ」
たしかに、ふと一歩引いて自分を見れば「そうそう文句は言えないな」と思う。
子育てをしながら仕事でも実績を上げてきた。都内の高層マンションに暮らして、夏休みには子供を連れて海外にも行った。
古い慣習の残る流通業界では「改革派」の先陣を切る企業だったので、女性の登用を含めた労働環境の変革にも熱心だった。上司にも恵まれてきた。
不満がないわけではないが、「恵まれているな」と納得しているつもりだ。
ところが、そのMさんが最近モヤモヤしている。その原因は、自分でもなんとなく見当がついている。
部下や周囲の、女性たちに何か引っかかるのだ。
ただ、そのモヤモヤの理由はMさんにもわからなかった。
「あれもこれも」の部下が羨ましい!
そのモヤモヤの正体は、ある時にはっきりした。
Mさんの部署は、全国各店舗のデータを分析して各営業本部のバックアップをする。ある程度の現場経験は必須であるが、新規出店前のドタバタや出張などは少ない。
そんな部署に、いつしか産休明けの女性が増えてきた。いわば会社における「ロールモデル」であるMさんの下で働けるのだから、人気部署なのである。
ひいき目なしに優秀な者も多く、Mさんにとってもありがたいことだった。
そんな中、新たな異動者を迎えた。30代半ばで、子育て中の女性だ。早速、歓迎会を開くことになった。
歓迎会といっても、ランチタイムを少し早めて会社の一室でケータリングの料理を並べるささやかなパーティだ。子育て中の社員が多いから、こうした会も昼におこなうのが普通になっている。
それでも、話は弾む。特に、子育てや家事、夫への不満あるいはのろけ。みな、同年代で抱えるテーマは同じだ。誰もがあれこれ苦労を抱えながら切り盛りしている。男性社員は、「ちゃんと家事をしていますか?」と問い詰められて、ニヤニヤ誤魔化すしかない。
でも、Mさんは羨ましかった。彼女たちは、同じ思いで頑張っている仲間がいる。
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