有森裕子の言葉は理にかなっている

 そう考えると、有森裕子のあの一言は実に示唆深いなあ、と今でも思う。

 1996年のアトランタ・オリンピック。女子マラソンに出場した有森は、1992年のバルセロナでの銀メダルに続いて銅メダルを獲得した。2大会連続のメダルはそれだけでも十分に価値のあることだが、このメダルにはそれ以上の重みがあった。

 バルセロナ大会の後で、怪我をして長いブランクの後に復帰する。レースの後に万感極まった有森は、インタビューでこう言った。

「初めて、自分で自分をほめたいと思います」

 オリンピックの長い歴史の中で、日本人にとって最も印象的な言葉の1つだろう。この言葉は、その年の流行語大賞にも選ばれている。

 「自分で自分をほめる」。それは、初めて聞いた人にはちょっと違和感を与えるだろう。だからこそ、耳に残って広まった。そして、多くの人が共感したのだと思う。

 この言葉を、ちょっと理屈っぽく分析してみよう。

 「ほめる」というのは、賞賛だ。これは、一般的には他者から受けることが多い。それによって、人の「賞賛欲」は満たされる。

 一方で、歳を重ねるごとにその機会はだんだんと減って行く。この辺りの事情は、この連載でも以前に書いたとおりだ(最後に「すごい」って言われたのはいつですか?)。

 ミドルになったら、「すごい」と言われることよりも、「ありがとう」と言われる機会を増やしていくことも大切になる。賞賛の機会が減るなかで、そうした「感謝欲」が満たされることでバランスをとれるからだ――。記事に記したのはそんなストーリーである。

 そして、賞賛が得られにくくなった気持ちを埋めるもう一つの方法は、「自分でほめる」ということだ。客観的な基準や、他者からの評価ではない。自分自身で納得できる結果を出して、自己評価をしていくということになる。

 有森裕子は、自分自身と戦っていた。それは、誰かと競うよりもつらかったのではないかと思う。だからこそ、あの言葉が発せられたのだろう。

 もう20年前のことだし、若い人にとっては過去の伝説かもしれない。しかし、今になって彼女のインタビュー記事を読み返すと、その言葉の重みが改めて感じられる。