一人旅の意外な効用
50歳を過ぎて始めた「大人の夏休み」は、やがてBさんにとってなくてはならないものになった。行先の多くは国内で、予定は極力抑える。宿ではゆっくり本を読み、眠くなったらゴロンと昼寝をする。
地方の街で、一人で居酒屋に入って飲むのも面白い。まるでどこかのテレビ番組みたいだよな、と思いながら地の物を食べるのも存外に楽しかった。
良かった場所は、後から奥さんと行ったりもする。夏休みに限らず、週末に近郊を歩くことも増えた。
そのうちに、Bさんに変化が訪れた。仕事のことで、深く思い悩むことが減ったというのだ。
Bさんの仕事は営業管理と言われる部門だった。第一線ではないが、社内調整にあれこれと気を遣う。一方で、自分の将来を考えるといまさら役員になれるとは思えない。おそらく、50代半ばでグループ会社へ出向となるだろう。
自分のキャリアが何となく見えてしまう一方で、仕事の難易度はそれなりに高い。イライラしてストレスが溜まっているなと感じることも多かった。
ところが一人旅を楽しむようになってからは、ピリピリすることが減ってきた。そうなると話しやすいと思われるのか、相談を持ち掛けられることも増えた。そしてスッと解決策を提案するので評判も上がる。
やがて思った通りの出向になったが、想像以上に重要なポジションを任された。会社員生活の「あがり」としては羨まれる方だろう。
「旅をするようになって、自分の生き方や仕事を突き放して見るようになったからかな」とBさんは後から語っている。
旅先で出会ったりする人や、見聞きする話は、今までの自分がいた世界とは全く違った。親子代々で店を営んでいる人や、資料館で出会ったボランティアの人、あるいは小さな宿の若女将など、都市のオフィス勤めでは出会わないような人と話すことが増えた。
大学を出て就職して30年が経って、いかに狭い世界にいたかを実感したという。そうなると、目の前の仕事の見え方も変わる。すごく揉めそうなややこしい話でも、小さな話に見える。
とはいえ仕事を軽んじてるわけではない。目の前の課題を大げさに考えすぎたり、過剰な使命感やプレッシャーから自由になれた。
50歳を過ぎて、改めて視野を広げることができたということなのだろう。
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