ミドルの「心の隙間」は見えにくい

 また、このヒヤリングでは意外なこともわかった。睡眠不足になりがちなことについて、Xさんはどうやら産業医に相談していたようなのだ。

 もしも「精神的に疲れているので休みたい」などという場合であれば、本人の同意を得て職場にもフィードバックして対策を立てる。それほどでもない場合だったので、この情報は人事に入ってなかった。

 J君は、X課長の同意を得て産業医にヒヤリングをすることになった。メンタルヘルスの分野では、多くのケースを見てきたベテランの医師である。

 先生は、J君をにこやかに迎えてくれた。そして「断言できないけど」と前置きしたうえで、こんなことを言った。

 「この手の“キレる”状態になる人が、その前に睡眠不足が続いているということは、少なくはないんです」

 では、睡眠不足の原因は何か? 仕事では目立った問題はなかったので、家庭で何かあったのかもしれない。しかし、はっきりした原因がなくても睡眠不足になることは、ミドル世代には結構あるともいう。

 どこかスッキリしないまま、ひと通りの報告をすることになった。最初に指示した上司はもちろん、人事部長や次長もいる。ペーパーは作らず、メモを見ながらの口頭報告だ。

 「う~む」

 さすがの部長も、すぐに言葉が発せない。言ったこと自体は懲罰対象だが、初めてのことだし、本人も覚えてないという。一方で、健康上の問題であれば治療が必要なことだし、処分するわけにはいかない。

 結局は「部長預かり」となり、J君は解放された。

 ほどなくして、Xさんは異動が決まった。異なる部門の、いわゆる「担当課長」なので降格だ。ただし、すぐにではなかった。2か月後にある程度の定期異動があるので、そこに紛れるようにして発令された。

 それが、会社の温情だったのかもしれない。しかし、Xさんが第一線に戻ることは難しそうだということは、J君にも見当がついた。

 その後もJ君は、何人かのミドル社員と面談することになった。

 何がどう評価されたのかわからないが、「おまえ、こういうの向いてるんじゃないか」という上司の一言で、メンタル上の問題を抱えてしまったミドルの窓口役となったのだ。

 Xさんのようにキレる人もいるが、逆に抱え込んでしまう人もいる。かつては堂々としていた社員が縮こまっていることもあれば、J君の前で泣き出してしまった人もいる。

 どうしてなんだろう? J君もいろいろな本を読み、セミナーにも行った。悩みを抱える人には一定の傾向はあるけれど、どうやったら防げるのかはまだわからない。

 そして、すっかり親しくなった産業医の先生がこんなことを言った。

 「誰だって心に隙間があって、そこが何かの拍子に開いていくと、全体がガタガタになるんですよ。私だっていつそうなるかはわかりません」

 気がつくと、J君も40代が近い。ちょっとした不安を抱えながら、ミドル世代の「心の隙間」を気にする日々が続いているという。

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