トラブルですべてが逆回転に
きっかけは税務調査だった。毎年行われている査察で、不自然なカネの流れが指摘された。Iさんの同僚だった課長が、不正を行っていたのだ。いわば裏金作りである。
ただし、私的に使ったわけではない。交際費が膨張していく中で、仕方なしにやってしまったという面もあったのだが、この事件で大きく流れは変わる。
かねてからK常務のやり方に疑問を持っていた社内の一部が、糾弾を始めた。営業費用をどうさばくかは、古くて新しい問題だ。最前線にいれば、「実弾が足りない」となるが、放っておけば際限がない。
また、コンプライアンスの面からも、年々管理は強まっていた。それがK常務の就任後に、相当な「イケイケ」になっており、管理部門は相当苛立っていたのだろう。
この件がきっかけになって、K常務は本部長の役職を解かれることになった。そうなると、あとは大騒ぎである。失脚だの粛清だの、嫌な響きの言葉が陰で飛び交い、K氏に近いと見られて人ほど、露骨に要職から外されていった。
Iさんも、営業のライン職から外れた 。それほど派手な方ではなかったのだけれど、やはり傍から見れば「Kグループ」に見られたのだろう。
その後、社内は落ち着きを取り戻し、Iさんはしばらくしてまた営業職に戻った 。ただし、「あの事件」がなければ、と今でも思うことがある。出世を考えると、やはり遠回りになってしまったからだ。
マイペースで無頓着だった同僚の謎
その一方で、「騒動」をきっかけにして、その後、頭角を現した者もいた。Iさんの一期下の、Jさんだ。
もともと、仕事についてはしっかりとしていた。ただし、この会社の営業にしては珍しく、結構マイペースを守っていた。それが結果的に、「K常務から距離を置いている」と見られたのだろう。いまでは、Iさんより一歩先を行くポジションにいる。
Jさんについて印象的だったのは、あのゴルフコンペ「K杯」に参加しなたかったことだった。ゴルフはやってるはずだったのに、彼は来なかった。
それがきっかけで、何となく距離ができたのか、仕事以外での付き合いには顔を出すことが少なくなったのだ。果たしてJさんは何らかの意図があって、ゴルフコンペを断っていたのだろうか?最近になって、ようやくそのことを話す機会があった。
「そういえば、あれはですねえ」とJさんは、自ら口を開いた。それによると、別に意図があって不参加だったわけではなかったというのだ。
実はその頃、奥さんの親の体調がすぐれずに、いろいろと慌ただしかった。ああ、コンペの申し込みをしなくては思っていたものの、気がついたら締め切りになっていた。
そうなると、「今からでもいいですか」というような性格のJさんではない。「まあ、いいか」ということで参加を見送ったというのだ。熟慮を重ねた上での判断ではなく、“たまたま”の類の出来事だったのだ。
「そうしたら、いろいろ見えるものがありましてね」とJさんは言う。
距離を置いてみると、K常務にもその周囲の動きにもハラハラし通しだったという。そして、社内の一部から危惧する声が上がってきたことも、Jさんは知っていた。
Iさんのように、神輿を担いでいた人たちにはまったく見えていなかったのである。
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