外資系企業に狙いを定めた就活

 バブル経済が崩壊して日本経済の先行きが怪しくなったころ、その影響は就職戦線にも及んできた。名だたる大学の就活生ですら内定獲得に四苦八苦していたけれど、Jさんは慌てなかった。

 彼には「戦略」があったのだ。

 新卒採用を大幅に見直し始めた日本企業に対して、海外の企業、いわゆる「外資系」は着々と採用を拡大していた。Jさんは、そこに焦点を絞ったのである。

 その頃は、外資系に眼を向ける学生は少なかった。雇用が不安定でいつクビになるかわからないとか、年金などの社会保障も怪しいという「噂」が飛び交っていて、決して人気が高いとは言えなかったのだ。

 しかし、調べてみると決してそんなことはない。ただし、その当時は新卒採用をおこなう企業は限られていたので、丹念に当たっていくしか方法はなかった。

 その結果、とある消費財のメーカーから内定を得た。世界的な企業で、日本でも有名なブランドを扱っているが、企業名は意外と知られていない。親に報告したら、もちろんブランドは知っていたが「そんな会社名だったのか」と驚かれたくらいだ。

 Jさんが、外資系を狙ったのには勝算があったからだ。

 学生時代に1年間の米国留学に行っていた。ただし、そのくらいの期間だと、英語力の伸びは人それぞれだ。それなりの自信を身につける者もいれば、結局は渡米前と変わらない者もいる。

 Jさんは前者だった。それは、いわゆる学力ではなく性格的によるところが大きかったのだろう。Jさんは、図々しいくらい積極的なところがあり、物おじせず、恥をかくことを恐れない。友人もたくさんできた。

 帰国してから受けた語学の試験でも、十分なスコアをとった。当時であれば、相当目立つ水準だ。

 こうして、Jさんのキャリアはスタートした。

マーケティングのスペシャリストへ

 Jさんは、営業部門に配属されたが、ひと通りの経験を積んだ後で、マーケティング部門に異動した。現場の販売力では日本企業にかなわない分、消費者リサーチや広告宣伝などに注力していたのだ。

 いわば、日本における「司令塔」となる部署だ。責任者であるマネージャーは本国から赴任しており、彼が意思決定をおこなう。優秀な人ではあったが、やはり日本市場については理解していないことも多かった。

 衣食住の生活習慣は違うし、製品に対するニーズも異なる。とりわけ、テレビCMなどを決める時にはいろいろと紆余曲折がある。広告代理店が日本のタレントを提案しても、マネージャーにはその価値がピンと来ない。そして本国と同じような企画を要求するが、それはそれで日本人には受けそうもない。