昇進しても、どこか晴れない気持ち

 Qさんは、会社が運営するある財団への出向を希望した。その財団は主に、若い人への教育を援助したり、研究を応援したりするものだ。

 会社は困惑した。人事からは「何かあったのか?」と心配され、また上司からは、「期待してるんだから、変な気を起こさないでくれよな」と強く言われた。

 Qさんは、その後の異動でさらに昇進した。同期の中でも早い方で、周囲からは「おめでとう」と言われるが、まだ心のどこかに引っかかりがある。

 どこかの地方の企業で、自分の力を生かして「世の中のため」に何かできないのか。休みの日などは、そんな求人情報や、自分がイメージするような転職に関するいろんな記事を読んでみるが、まだ踏ん切りはつなかい。

 そんなことより、いまの仕事に全力を挙げることが「世の中のため」になるのかもしれない。夢を語りながら入社してくる新人を迎える春になると、Qさんの悩みはより深くなる。


 そう簡単には答えは出ないかもしれない。だが、30代後半から40代くらいにかけては、自分の足元を見直すべき時だと言える。

 この頃になれば「仕事の大きさ」も相応になり、会社におけるポジションも固まってくる。管理職としての責任が増し、新たなことに挑戦する心理的・時間的余裕を持ちにくい。また、この年代は、自分のキャリアの終着点が、おぼろげながら見えてくる時期でもある。自分と向き合う機会を意識して作らないと、漫然と月日だけが流れてしまい、新たなスタートを切ろうにも時期を逸してしまいかねない。

 そして、「足元を見直す」という作業を行う上で、大切なことの一つが、社会に出た時の初志、いわゆる「最初の気持ち」を思い起こすことだ。

 もちろん、「初志」は「貫徹」すべきなどと、偉そうなことを言うつもりはない。ただ、社会人としての自分のキャリア、個人としての生き方を見直すには何らかの「視点」が必要となる。そうした判断基準がなければ、結局、漫然と後ろ向きの「折り合い」をつけながら、日々を過ごすことになりかねない。

 最終的には、あきらめてもいいだろう。人生は、初志を貫くか否かといった単純な選択肢の上にあるわけではない。ただ、初志との間で、自分なりのケリはつけておいた方がいい。前向きな「折り合い」を付けるための、大切な通過儀礼となるはずだからだ。

 ときに痛みを伴う、“むずむず”する春が今年もやってくる。

■今回の棚卸し

 「これが天職だ!」と満足して日々を過ごしているような人は別として、多くの人は、「自分だって本当は……」という気持ちにふたをしながら、目前の仕事に精力を傾けて過ごしているのではないだろうか。

 これは、どの年代にとっても日々の現実だろう。ただ、ミドルともなれば、ときに封印した「初志」と向きあい、自問する作業も大切だ。残された時間は、それほど多くない。今の自分を見直すことで、新たな道に進むきっかけになるかもしれないし、現在の仕事をより充実させる結果にもなり得る。

 春は変化の季節。新年度の始まりに、初志を思い出してみてはどうだろうか。

■ちょっとしたお薦め

 観阿弥の言葉を世阿弥が編した『花伝書』は、能楽のための芸術論であるが、「人の生き方」についても多くの示唆を与えてくれる。たとえば、「年来稽古条々」という章では、若い頃から老年に至るまでの歳に応じた心得が書かれている。

 いわば、「年代に応じた行動と勉強」を説いたものであるが、その内容は、現代の私たちが読んでも新しい発見がある。注釈や現代語訳がついている版もある。一読してみてはいかがだろうか。