やっぱり「自分で会社を興したい」

 Pさんは、40歳を過ぎてから、「初志貫徹」で起業した。

 インターネットの黎明期に社会に出たPさんは、いち早く新しい技術の可能性に着目していた。就職した先は、今では誰もが知るIT系の企業だったが、当時はまだ無名だった。

 その企業で実績を上げて、さらに2つの会社で働いた。傍から見れば、時代の流れに乗った羨望の対象ともいえるキャリアだが、必ずしも満足していたわけではなかった。

 Pさんは、大学時代の研究室の教授が薦めてくれたにもかかわらず博士課程への進学は選ばず、修士課程を修了した後に就職した。当時、研究していたテーマは性に合っていたが、それを振り切るようにして社会に出たのは、「自分の会社を興したい」という気持ちが強かったからだ。

 それは、Pさんの生まれ育ちと関係があるかもしれない。Pさんの父は、祖父の興した会社を継いでいた。「サラリーマンよりも自分で仕事を」という家風だったが、その会社はPさんの兄が継ぐことになっていた。起業家の多いインターネットの世界に飛び込んだのは、そうした環境で育った影響も大きかったようだ。

 最初に入った会社で数年修業を積めば、起業のチャンスは自然と来ると思っていた。ところが、いい意味で想定外だった。仕事が面白いうえに、より条件の良い他社からの誘いがあったりしたことで、勤め先は変わりつつも、会社勤めのまま時間が経っていった。

 そうした「悪くない時代」に区切りをつけるきっかけになったのが、新入社員の存在だった。時代の流れにうまく乗り、それなりの実績を上げてきたPさんは、この世界では知る人も多い。新社会人は、そんなPさんを前に、目を輝かしていろいろと夢を語る。そして、Pさんのこれまでのキャリアや、さらには学生時代の夢の話まで聞きたがる。

 彼らの目が、彼らの表情が、Pさんの「むずむず」を刺激した。

 いまの仕事も十分に楽しいが、「最初の気持ち」は捨て難かった。また、年齢的にも「最後のチャンス」を迎えつつあるという思いもあった。さらに、兄が正式に父の会社を継いだこともPさんの背中を押した。結局、50歳を前に、独立を決心した。

「これで一人前になった気がする」

 Pさんはそう言った。