無理を通しても道理にはかなわない

 その後しばらく、デスクで仕事をしていたJ君にZさんは声をかけた。
 「飲みにでもいくか?」
 Zさんは社内での付き合いも多く、声をかけてくることは少ない。J君は、早々に仕事を終わらせた。

 その日の夜、異動に関わる話題はなかった。そもそも、食事の席で人事にまつわる話は一切しない。それが、Zさんの「ルール」だった。そして、珍しく若い頃の話をしてくれた。
 そして、J君がいまでも印象に残ってる言葉がある。
 「無理が通れば道理引っ込む、っていうだろ?でもな、結局は道理にかなわないんだよ」
 何のことが言いたいかは、すぐにわかった。そのあたり、J君だって「犬」とは違うのである。

 やがて基幹人事が発表されて、Sさんの昇格は驚きをもって受け止められた。そういうわけで、J君も同期からいろいろと言われたのである。
 しかし、一番居心地が悪かったのはSさんだろう。課長であれば、真面目だけでもよかったけれど、部長となると求められることが違う。
 ことに取引先とトラブルになった時は、右往左往してしまい「あとはどうにかします」と部下に言われる有様だった。
 やはり「部長の器」ではなかったのである。
 体調を崩して休むことも多くなったが、2年後には関連会社に出向となった。
そして社長が交代して、あの役員も退任となった。人心一新ということだろうが、取引先との「濃すぎる」関係も噂になっていたのだ。

 考えてみると、彼もまた追い詰められていたのかもしれない。
 そして、長い目で見れば道理が通ったのである。
 ちなみに、Zさんは次長に昇格した。次期の人事部長は確実と言われている。

■今週の棚卸し

 どんな企業でも「どうして?」と思ってしまうような人事はあるものだ。そして、その「真の理由」を知ってしまうと、驚いたりがっかりすることも多い。
 しかし、真っ当な企業であれば、そうした「無理筋」の人事は時間とともに淘汰されていくだろう。一方で、いつまでも「道理が通らない」会社は危機を迎える可能性がある。
 近年「まさか」と言われるような名門企業の迷走を観察していくとそうした傾向が見られるのである。

■ちょっとしたお薦め

 「器でない」ような人物が跋扈したために混乱した一つの典型が、江戸時代末期の幕府だろう。維新の前後の歴史は主に討幕側の視点で書かれたものが多いけれど、野口武史氏の『幕末バトルロワイヤル』(新潮新書)は幕府側の人々に焦点を当てたノンフィクションだ。
 何冊かのシリーズになっているが、歴史を超えた大組織の「ありそうなこと」が浮き彫りになり、ついつい他人事には思えない。組織の意思決定における「無理と道理」の攻防がよく見えてくるシリーズだ。