「なに、あの人事?」と同期に言われて

 春が来た。それは、J君の会社においては、人事の季節の到来でもある。この時期に役員昇格の発表から管理職の異動までが一気に行われるのだ。
 人事部のJ君は30代半ばの、いわば「中堅社員」だ。同期の者からは「忠犬だろ」と揶揄されるが、「まあ、そうかもしれないな」と思うこともある。
 それが嫌なのではなく、ある意味誇りでもあった。そうでなくては、人事の仕事は務まらない。


 そんなJ君にとって、忘れられない人事がある。それは、3年前のことだった。
 とある人を営業部長に昇格させた人事が、社内に波紋を巻き起こしたのだ。
 同期の仲のいい友人が、いきなりJ君に電話してきて、「何、あの人事?」と苛立った声で聞いて来た。仕事はできるし、常識をわきまえた者だっただけにJ君はちょっと驚いた。
 しかし、できる社員だからこそ疑問だったのだろう。それほどに、「?」のつく人事だったのである。


 J君は、その人事の裏側をよく知っていた。しかし、仲のいい同期でも話すわけにはいかない。それが、人事の仕事なのだ。
 とはいえ、その年の異動に関わる仕事は、J君にとっても初めての体験だった。
 その前年のことだった。年末が近づいて来た時期に、人事部長からJ君は呼ばれた。わざわざ部長から呼ばれることはあまりなかったので緊張して部屋に入ると直属の上司であるZさんも同席していた。
 部長は、前置きもなしにいきなり言った。
「来年の基幹をやってくれ」
「基幹」というのは、基幹人事のことだ。4月1日付でおこなわれる課長や部長などの管理職の異動で、3月ごろに内示が出る。同時期に、役員の交代も発表されるので、会社の中では最大のイベントだ。
 その担当を命じられたのだ。

人事の先輩の教えは「犬」になれ

 基幹人事の担当といっても、もちろんJ君が決めるわけではない。Zさんが役員部長の意向を伺うのに同席して、状況をまとめて決裁書類を作っていく。
 現場の意向を聞きつつも、最終的には人事部長を交えたやり取りで決まっていくが、その過程では、相当に生々しいやり取りを知ることになる。
 「なぜあの人が出世して、あの人は出世しないのか」
 そういう会社のからくりが、見えてしまうのである。