自費でも健診を徹底している理由

 「どうやら、特に大きな問題はなさそうですね」
 穏やかに話す医師の表情を見て、Tさんは心が落ち着いた。
 勤めている大手メーカーでは、もちろん毎年の健康診断が実施されている。それでも、Tさんは自費で都内のクリニックで診断を受けている。普通の検診メニューにはない検査をしているのだ。

 50歳を超えれば、誰もが自分の体に敏感にはなる。しかし、Tさんが検診を徹底しているのには理由がある。それは、かつて若くして旅立った先輩の姿を間近で見ていたからだ。
 (あれから15年か…)
 クリニックを出て、駅までの道を歩く。都心だが静かで緑も多い。毎年、検査の後にこの道を歩くたびに、Tさんはその先輩のことを思い起こす。
 そして、新たに誓うことがいわば恒例の「儀式」となっていた。

 Tさんは、本社の広報部長だ。そして、仕事の上ではもちろん、人生の師匠でもあった人がGさんだった。
 もともとは営業畑だったGさんは、海外勤務で培った折衝力と英語のスキルを評価されて広報部長に転じた。それには、大きな理由があった。

 当時、会社の業績はどん底だった。単に売り上げが悪いとか、そういうレベルではなく存亡の危機にあったのだ。
 そして、経営陣が選択したのは海外企業との提携だった。それも業務提携ではなく、本格的な資本提携だ。そして、海外からやってきた経営者のもとで再建をおこなうことになった。

激烈な改革が産んだ空前の混沌

 その頃の日本で「青い目の社長」はもはや珍しいことではなくなりつつあった。しかし、いざ自分の会社でそのようなことが起きるとは、誰もが思ってもいなかった。

 短期間で、大改革をおこなう。そう宣言した経営者は、矢継ぎ早にプランを実行していく。生産設備の閉鎖や人員の削減はもとより、仕事の進め方のすべてが改革の対象になった。
 もっとも、改革の方向性そのものは評価されて株価は上昇した。プロの投資家の眼には「正しい判断」と思われたのである。

 その一方で、別の問題が持ち上がった。メディアが改革の混乱を興味本位に報道することが目立ってきたのだ。
 「家族には言えない……過酷なリストラの現実」
 「青天の霹靂!工場が去る町の衝撃」
 そうした報道が目立ってくると、販売現場にも影響はおよぶ。「元気のない会社」の商品に食指は伸びない。それが消費者の心理だ。