「三重の過信」が足をすくった

 Rさんは今でも、「できるデザイナー」として重宝がられている。

 再就職して真っ先に声をかけてくれたのは、会社員時代に競合だった広告会社の営業だった。

 「ずっとお願いしたかったんですけど、なかなか隙がなくて」と苦笑いされたが、悪い気はしない。もともといた会社とのつながりが切れないので、とても頼めなかったのだという。

 Rさんも雇われの身になったので、気持ちに余裕ができた。改めて最新の技術を学び、いろいろなセミナーにも通ってキャッチアップすることができた。

 しかし、再び独立しようという気持ちはまったくない。

 そして、「3つの過信」があったと振り返る。

 1つは「技術知識に対する過信」だ。自分が最先端を知っていると思っていたデジタル分野は、想像以上の加速が起きていた。そのスピードを甘く見たことが大きな問題だった。

 2つ目は「センスに対する過信」だ。スマートフォンが中心になろうとしていても、自分のデザインセンスに対するこだわりを変えきれなかった。そのために提案内容が古く見られて、広告主との信頼関係が徐々に弱まっていった。

 3つ目は「営業ルートに対する過信」だ。古巣からの発注を受けていれば、自分自身で頭を下げて営業する必要はない。そのため「そろそろ動かねば」という時には、すっかり出遅れていた。
 そして、なじみの営業の異動などがとどめとなったのだ。

 結局は「自分自身への過信」だったとRさんは思っている。得意先とのルートはもちろん、最新技術にしても会社にいたからこそ学べていた。自分のセンスが古くなっても、組織にいれば若手を生かす道もあっただろう。

 そして、いま思っていることはシンプルだ。

 どんな環境であっても「できる限りデザイナーの仕事をしたい」それが今のRさんの願いである。

■今回の棚卸し

 会社の中でキャリアを重ね、多くの仕事をこなすことで、スキルは向上し、信頼を得ていく。

 しかし、そのスキルや信頼は一面、会社によって育ててもらったものでもある。独立すれば、多かれ少なかれ、「会社の傘」のありがたみを感じることになる。

 会社から離れたらどうなるか? 独立するしないにかかわらず、「自分の力」や「自分が本当にやりたいこと」を客観的に見つめるうえで、この視点は大切だ。キャリアの終着点が近づき、様々な選択を迫られるミドル世代においては、特に重要となる。

■ちょっとしたお薦め

 誰もが学生時代に「漢文」の授業を受けたことがあるだろう。しかし、その中で語られていることの真髄を知るには、それなりの人生経験が必要となる。ミドルになってから改めて手に取れば、日ごろ感じる世の中の理不尽や、人間の哀感などに共感できるのではないだろうか。

 加藤徹氏の「漢文力」は、そんな時に読んでみたい一冊だ。どこかで耳にしたことのあるフレーズの真の意味合いや、古人の深い洞察力に触れることでさまざまな示唆が得られると思う。

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