頼みの綱、前の職場からの発注が急減

 Rさんはいわゆる「ネットキャンペーン」の仕事も請け負っていた。企業のサイト上から懸賞などに応募したり、写真や動画を投稿してもらうような販促活動だ。

 個人情報に対する規制も厳しくなり、ネット上の安全についても求められるハードルはどんどん上がる。そのために、作業工程でさまざまな人が関わるようになり、納品までの検証作業にも時間がかかるようになる。

 デザインを開発する時間も減ってくる一方で、Rさんの知識も追いつかなくなってきて対応も後手に回る。そうなると、「今回は別のところに」ということで、段々と発注が細ってくる。

 独立からわずか3年あまり。周囲の景色が全く変わっていることに気づいた。

 もちろんRさんも理解はしている。しかし頭でわかっていても、感覚的にはしっくりこない。自分でもスマートフォンは使うが、どこか「パソコンの代用品」だと思っている。

 そのため、危機感をもって若返りに取り組んでいる広告主との溝が段々と広がってきてしまったのだ。

 そんな時に、大きな転機となる出来事があった。

 独立以来長いこと仕事をつないでくれていた古巣の営業マンが相次いで現場を離れてしまったのだ。

 考えてみると、彼らはRさんよりやや若いけれどもう40代だった。会社としても若返りを図りたくなるのだろう。中には、故郷に戻って実家の家業を継ぐといって退職したものもいた。

 彼らはどちらかというと「古いスタイル」の営業だった。だからデジタル関連の技術についてはずっとRさんに頼りきりだったが、そのRさんが追いつけなくなると仕事がうまく回らなくなる。

 気が付いてみると、Rさんの事務所の売り上げは来期のメドがまったく立たなくなっていた。古巣からの仕事が十二分すぎるほどにあったので、新規得意先を開拓していなかったのだ。

 若いアシスタントたちは、こちらから言う前に転職先を見つけて去っていった。そして、Rさんもいろいろな伝手をたどって中堅のデザイン会社に雇ってもらうことにした。

 こうして、わずか数年間の「自分の城」はあっさりと陥落した。

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