「うまいデザイナー」ではなく「できるデザイナー」

 この7年余りは何だったのだろう。まもなく50歳になるデザイナーのRさんはしばしば、起伏の激しかったその期間を、複雑な思いで振り返る。

 彼は、大手広告会社のデザイナーだった。そして40歳を過ぎて独立した後、紆余曲折を経て、今はとあるデザイン会社でデザイナーの仕事をしている。運と実力、そしてさまざまな「社会の波」が実に複雑に絡まり合ったその道程は、働き手としての自分を正しく認識するうえで、必要な通過儀礼だったのかもしれない。

 独立のきっかけは、あの金融危機に続く大不況、いわゆる「リーマンショック」が起きたことだった。あらゆる業界の企業が広告費を削減したために、広告業界も未経験の大逆風を受けた。

 しかし、Rさんには追い風だった。彼は同年代のデザイナーの中ではいち早くデジタル分野に目をつけていた。新聞広告や雑誌広告が急減する中で頼られる人材だったのである。

 Rさんは「できるデザイナー」と言われていた。しかし、「うまいデザイナー」とはあまり言われない。ブティックに掲げられるようなアーティスティックなポスターではなく、クライアントの要望に応えてさまざまな広告を作ってきた。時には、みんながやりたがらないスーパーマーケットの売り場におく販促物などにも丁寧に取り組んだ。

 同僚が昔ながらの広告作りに固執する中で、いち早くインターネットの勉強もした。「あんなのアートじゃないよ」という陰口も耳に入ってきたがRさんは気にしなかった。

 社内でも「これからはデジタルの勉強をしろ」という号令がかかる。40歳を過ぎて「さっぱりわからないよ」と愚痴をこぼす同僚のクリエイターを尻目にRさんのところにはどんどん仕事が舞い込んできた。

 そして、独立する決心をしたのだ。それは、ようやく金融危機に続く嵐がひと段落したころだった。