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法人本部で新たなビジネスに挑戦。親の介護で人生の深みを知る

 2009年に執行役員広報・IR室長に就いてからは、ほぼ1、2年ごとに主要ポストを渡り歩き、階段を上っていった。シンガポール店長に続いて、古巣の新宿店の店長、さらには日本橋店の店長を務める。最大の基幹店である日本橋高島屋の店長とは、さぞかし重責であったろうと聞くと、拍子抜けするほど肩の力が抜けている。

 「店長というのはこういう役割だから、と線引きをするのは止めたんです。シンガポール時代に」。シンガポールで自分なりに築いたリーダー理論を、新宿店でも日本橋店でも実践したという。

 「リーダーとフォロワーがある局面で入れ替わることもある、そうした組織のほうが強い」。NHKの大河ドラマ『龍馬伝』を引き合いに出す。「名もない人が大きな夢をみて動く。そうした人たちが集まることで、何かが動き始めた、会社という組織も同じ」という。下の人の声に改革の芽があるかもしれない、一人ひとりが大きな力を秘めているかもしれないと考え、よく耳を傾ける。

 昨年4月からは、法人事業部長として部下約230人を抱え、約2000社の顧客と向き合う。百貨店の商品を法人向けに販売するのはもちろんのこと、カード会社のポイントカタログ商品を提案したり、企業の制服を制作したり。最近ではふるさと納税の返礼用の品ぞろえを手掛けるなど、業務は実に幅広い。「百貨店以上に攻めの仕事。まだまだ未知の世界で挑戦できることが嬉しい」という。

 私生活でもまた、キャリア30年超にして初めての経験をしている。親の介護である。初めて親を介護施設のショートステイに預けたときのこと。「帰らないで」と親に泣きつかれ、号泣しながら帰ってきた。子育て中の部下の「初めての保育園」話を聞くうちに、妙に共感してしまったと苦笑する。介護をするなかで、これまで知らなかった自分が見えてきた。私生活でさまざま大変なことを引き受けながら仕事を続けること、そうした多面性をもつことの大切さを実感する日々だという。

 「私は男性と同じメンタリティで仕事をしてきた、子育てもしていないから若い世代の参考にはならない」としきりに謙遜するが、こうした共感力、想像力がダイバーシティマネジメントの力となるのだろう。

代表取締役専務を務めた肥塚見春さんが、メンターでありロールモデルだった

 高島屋の女性リーダーといえば、石原一子氏が知られている。1952年に入社し、子育てをしながら常務取締役にまで就いた。東証一部上場企業のなかで初の女性取締役となり、その名を馳せた。石原氏が引き上げたのが、79年入社の肥塚見春さん。夫の海外赴任のためいったん退社した肥塚さんを再雇用制度をつくって呼び戻した。肥塚さんもまた3人の子育てをしながらキャリアを重ね、2013年に女性として同社初の代表取締役となり16年まで代表取締役専務を務めた。

 安田さんが高島屋の入社を決めた理由のひとつが、石原さんの存在だった。入社後も、「頑張るのよ」と折に触れて声をかけられたという。先述した大卒女性のためのプログラムも、当時の石原一子常務の音頭で始まったもの。このお陰で、20代の安田さんは後々の仕事の基盤となる売り場づくりを学ぶことができた。

 そして肥塚さんとは、新宿店立ち上げメンバーとして机を並べて共に汗をかいた。「姉のような存在。折に触れて相談にのってもらった」という。まさにメンターであり、ロールモデルである。石原一子氏、肥塚見春氏、そして安田さんと、自然につくられたメンタリングチェーンが続き、女性役員が引き上げられていった。先輩の女性幹部が、ごく自然に後輩に手を差し伸べて引き上げる。男性と同様に、女性の間でもこうした自然な育成引き上げの文化が根付くと、裾野が広がっていくだろう。

 高島屋は女性に機会が与えられる先進企業として知られている。現在、スタッフの6割、正社員の6割を女性が占める。バイヤーの半数も女性。女性管理職比率は3割に達し、執行役員を含めると役員待遇は17.7%が女性である。ただし、よくよく数字を見ると女性社員6割ながら、女性管理職が3割なのはなぜか。ここに課題があった。石原氏は2人、肥塚氏は3人の子育てをしながらキャリアを積んだが、「(当時は)会社では子供がいることは一切口にしてはならない、と石原さんから厳しく言われていた」と肥塚氏はかつてメディアのインタビューで答えている。つまり男性型働き方をしなければ、昇進できなかったともいえる。

 しかし今は時代が違う。男性のような働き方をしてまで昇進をしたい女性は少ない、いや若い男性もまた家庭との両立を望む時代になっている。そこで、同社がいま力を入れるのが、子育てのために短時間勤務をしながらも昇進昇格できる仕組みだ。30歳前後の若手で育児のための短時間勤務者でも現場の責任者、チームマネジャーに就ける。また夕方4時半、5時半までの短時間勤務ながら、係長、課長に昇進した人が、今年は8人誕生した。本人のキャリアロスを防ぐため、会社としては優秀な人に最大限力を発揮してもらうためだという。

 石原氏、肥塚氏のDNAは受け継ぎつつ、安田さんは多様なライフスタイルの社員が働きやすい環境にと腐心をし、会社は制度を整える。女性リーダーに新たなキャリアパスが生まれようとしている。