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 最年少役員にして経営トップ、どのように采配をふるったのだろう。「社員500人の小さな会社。すべて社長がみようとするとマイクロマネジメントになってしまう。そこで、基本は任せることにしました」。毎週の会議で報告はタイムリーに上げてもらう。それを前提に、それぞれの役員に任せ、自らは社長専権事項に注力することにした。

 グループ会社の子会社社長は、人事とリスク管理が重要な役割と心得ていた。中でも重要なのはシステムのリスク管理だと考え、ここはしっかり見ようと「とにかく勉強した」。IT用語がわからないところから本を読み、専門家にアポをとって解説を仰いだ。どんな仕組みで、どのようなリスクがあるのか、規制はどうなっているのか、徹底的に勉強をして、知識を蓄えた上で判断を下したという。「わかった上で判断する」、これが年上の役員らの信頼を得ることにつながる。

 幹部社員のみならず、一般社員とのコミュニケーションにも心を砕いた。野村証券からの出向社員もいれば、プロパー社員もいる。多様な社員がいるなかで、組織の方向性と目的を明確に伝えることを意識した。社内報をつくり、毎回コラムを自ら執筆。管理職以上が集まるマンスリーミーティングでは、必ず最後に自らが話す時間を設けた。

 創業25周年を控え、2017年には、企業理念を全社員で共有するために、ボトムアップを試みた。現場の社員からキーワードを出してもらい、それを吸い上げて役員会で議論して行動指針を作成。それに沿って、社員一人ひとりが「私こうします!宣言」をメールの署名の下に必ず入れるようにした。経営理念に日々触れてもらい「わが事としてもらう」ためだ。メール署名欄に入れるとなると、他の社員への「約束」として実践しなければという気持ちも強くなる。もちろん、鳥海さんも率先してメール署名欄にメッセージを入れた。当時の鳥海さんのメール署名欄をみると「不得意なこと、面倒なことを厭わず、企業理念を体現するための仕組みづくりに日々取り組みます」というメッセージが添えられている。

過去最高益を計上。野村グループだからこそ出来ることを膨らませる

 社長に就任して2年目、野村信託銀行は過去最高益を計上する。野村グループの強みを生かす戦略が、ビジネスを伸ばす一因となった。「銀行単体で収益を大幅に上げるのは難しい。証券会社との連携を深めて、グループ内でもっと銀行を活用してもらおう」と考えた。そこで、証券会社の支店を回る営業チ―ムを作る。証券会社出身の役員自らドアノックをして、若手社員を連れて支店長を訪ねた。訪問を重ねるうちに、若手社員がかわいがってもらえるようになり、パイプが太くなっていったという。

 さらに、証券グループの銀行ならではの商品拡販にも力を入れた。野村証券の顧客に対して、投資信託や株式を担保にして不動産やクルマのローンを組む有価証券担保ローンの認知度アップに努めたのだ。証券会社の各支店に、このローンは使えるという認識を広めていった。さらには今後の市場拡大をにらんで、2015年から遺言信託も手掛け始めた。

 こうした戦略も功を奏し、過去最高益を計上したものの「私の手腕ではない。マーケットに助けられた」と謙遜する。「人件費を見直したことも大きい」と重ねて言う。市場に風が吹いたことも幸いしたが、社長としての舵取りが成果に結びついたことは間違いない。しかし、手柄話として語らないところに、鳥海さんの人柄がみてとれる。

 証券会社から子会社銀行トップへ。経験のない銀行業務で社長として采配をふるうなか、これまで様々な局面で蓄えてきた経験、知識が生かせると知ることになる。ひとつは、企業派遣により米スタンフォード大MBAコースで学んだことだ。

「ビッグピクチャーでみろ」というスタンフォード時代の教授の口癖を社長になって思い起こした。さまざまな情報を集めて分析し、判断をする。ビジネススクールで数多くのケーススタディで学んだ「ものの考え方」が、トップとしての経営判断に役に立つことに気付く。組織論も統計分析も、一通り経営判断に必要なことは学んできた。土地勘のない分野はひとつもない。「それまでMBAは実務であまり役に立たないと思っていましたが、20年後に経営トップとなり、初めて役に立つことに気づきました」と苦笑する。

スタンフォード大学MBAの卒業式で
留学時代の友人たちと京都旅行

 MBA留学での最大の収穫は、自分を相対化する視点だと思っていた。スタンフォード大に身を置いてみると、「野村証券という存在は世界でみると何ものでもなく、日本も何ものでもなく、世の中には素晴らしく優秀な人たちがたくさんいる」ことを体感した。野村証券というガリバー企業にいる、自分は何かできるという錯覚を抱いていたと気付き、鼻をへし折られる思いがした。そんな一皮むける経験は、それはそれで貴重だった。しかし、それだけではなかった。経営者として必要な知識スキルをしっかり体得していたのだ。