役員となり、周りからみられることを意識して服装や髪形にも気を遣うようになった。きちんとしたジャケット姿で通す
役員となり、周りからみられることを意識して服装や髪形にも気を遣うようになった。きちんとしたジャケット姿で通す

昇進を続けた30代。結婚は? 子どもは?と心が揺れる

 「新しいモバイル市場を作ってみろ」。三木谷氏から大きなお題を出されてモバイル事業の責任者に指名されたのは、まだ役職にも就いていない28歳のとき。その後、携帯電話のサービスが広がり、iPhoneの販売が始まり、スマートフォン市場が急速に膨らむなか、市場をとらえて事業を拡大した河野さんは、リーダー、副部長、部長と駆け上がるようにして昇進を果たした。

 20代後半から30代半ばまで、傍からみると仕事は順調で飛ぶ鳥を落とす勢いだった。しかし意外にも、心のうちに別の意味での迷いの渦を抱えていた。同年代の友人らは次々に結婚、出産を経て人生のステージを変えていった。どこか羨ましいという気持ちはぬぐえない。結婚は? 子どもは? 家庭は? という思いが時折沸き起こり、公私のバランスに悩んだ。「男性は仕事の実績を積み上げていけばいいけど、女性は積み上げたものを続けるか、辞めるか、決めなければいけないこともある」。実際に、結婚をめぐって逡巡したこともある。

 ようやく心が落ち着いたのは、35歳のころ。「誰だって全部を手に入れられない。でもあきらめずに、まずは全部をやってみればいい」となぜか自然に答えが出た。そうして今「結果的には仕事が残って、独身です」と苦笑いをする。

執行役員に就き、初めて「女性幹部」としての役割を知る

 36歳で女性として最年少の執行役員に就いたことも、転機となった。内示をされたとき、上司に向かって「いえいえ、そんな。結構です」と思わず断ってしまった。上司からすぐさま諭された。「周りが執行役員に就いて欲しいと思っているということだ」。そうか、と思った。これは役回りとしてやらなければいけないのだと自身に言い聞かせた。

 想像以上に、執行役員のタイトルはインパクトが大きかった。自身がどんな人間かというよりも、まずは役職で見られるようになった。本来の自分を見てもらえなくなったという寂しさもあった。一方で、嬉しかった言葉もある。

 後輩の女性3人から、「ありがとうございます」と言われたことだ。「役員就任、おめでとうございます」と、社内外で皆が口々にいうなかで、「ありがとうございます」とは? 疑問はすぐに解けた。現場の営業からキャリアを始めた女性が執行役員にまで昇進した、私たちに勇気と希望を与えてくれてありがとう、という意味だった。それまで、職場では女性を意識したことはなく、役員になっていきなり「女性執行役員」と呼ばれることに違和感を抱いていた。しかし、後輩の女性の言葉を聞いて覚悟を決めた。「これからは女性幹部という役割も引き受けなければいけない」と。

 執行役員に就いてからは、海外戦略担当、ECカンパニーのプレジデントと統括領域が広がっていった。2017年4月には常務執行役員となり、この7月からは組織改編でコマースカンパニー、シニアヴァイスプレジデントに就任した。

 流動性が高いインターネットビジネスの世界では、実力を蓄えると飛び出して、自ら起業する人も少なくない。そうしたなかで、楽天にとどまり続ける理由を度々尋ねられる。本人いわく「社内で10回くらい転職した気分」だ。営業から編成、マーケティングへ。そしてモバイルからPCへ、国内事業から海外事業へ。その都度、視野が広がり、視点が上がっていった。何より、今の会社で「志高く、熱い仲間と一緒に仕事がしたい」という気持ちが強いという。

母の介護で得た、新たな視点。

 この1年ほど、キャリアに新たな視点が加わる体験をした。母の介護である。実はこの夏、インタビューを行った一週間ほど前に、母親をガンで亡くした。

 毎晩のように仕事が終わると病院に駆けつける日々。日中も病院から電話が入り、対応を迫られる。これまで仕事脳で走り続けてキャリアを築くことができたのは、家族が元気だったからこそだと気づいた。社員はそれぞれ、その瞬間、瞬間、様々なものを抱えている。子育てや介護を担う社員は、仕事だけに100%の力を注ぐことはできないという制約のあるなかで、どれだけアウトプットを出すか戦っている。こうした気づきを得て、これからのマネジメントが変わっていく予感がしている。

 楽天は昨年、がんの治療法を開発する米ベンチャー企業に出資した。会社が成長すれば、こうした社会貢献事業をもっと膨らませることもできる。本業の事業にとどまらない、会社の社会的責任を改めて考えることとなった。これもまた、個人的な体験を通しての一皮むける経験といっていいだろう。

性別も年齢も役職も関係なく、チャンスを与える職場環境

駐日大使として活躍したケネディ氏と
駐日大使として活躍したケネディ氏と

 河野さんが、女性としての最年少執行役員、そして常務執行役員へと駆け上がることができたのは、間違いなく三木谷浩史社長の存在が大きい。力強いリーダーシップを発揮する経営者に見いだされ、役職に就く前から成長する機会を与えられた。ここで、見いだされるという「偶然の舞台」を用意した上司がいたことも忘れてはならない。河野さんは「モバイル、モバイルと言っていた私を、三木谷社長に引き合わせる機会をつくってくれた上司の度量の大きさ、職場の風通しのよさにも感謝している」という。

 三木谷氏の采配は「仕事は役職で割り振るのではなく、その仕事を牽引できそうな人に振る」スタイルであったことも幸いした。だからこそ、河野さんは28歳の若さでモバイル事業の責任者となり、のちに100倍もの事業に膨らませることができた。誰に仕事を任せるかは、性別でも年齢でも、ましてや役職でもない。こうした柔軟さが、若手や女性の才能を伸ばすことにつながっている。

 もうひとつ、インタビューを通しての発見は、楽天という日本的経営からほど遠く、性別関係ない実力主義で知られる会社であっても、女性が役員になれば「女性幹部」という役割を担わなければいけないということだ。役員に就いたとき「ありがとうございます」といった後輩の言葉に、それが端的に表れている。これは企業文化の違いを超えた、日本社会の問題だろう。いまだ根強い性別役割分業意識のもと、女性は家庭も仕事もの二重労働となりがちで、両立そしてキャリア形成に悩むことになる。そうした女性社員にとっては、自社の現場からいわば叩き上げで昇進した女性役員は、よき目標となる。女性役員は、役員としての重責に加えてもうひとつ、「女性社員にとってのロールモデル」という役割が求められるのだ。女性登用が始まったばかりの日本においては、このもうひとつの役割は当面続くのだろう。

まずは会員登録(無料)

有料会員限定記事を月3本まで閲覧できるなど、
有料会員の一部サービスを利用できます。

※こちらのページで日経ビジネス電子版の「有料会員」と「登録会員(無料)」の違いも紹介しています。

※有料登録手続きをしない限り、無料で一部サービスを利用し続けられます。