2018年5月、工場のメンバーと共に横浜パレードに参加
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技術系女性の星。自らロールモデルを引き受ける

 昨春、技術系出身の女性として初めての執行役員に就任。神崎さんはいま技術系女子の星といっていい。しかしキャリア前半の道のりは、決してエリートコースとはいえないものだった。入社時に「さほど期待されていない」と本人が感じたことは、既に述べた通り。20代、30代のころは、選抜型の社内研修に参加したいと手を挙げても、受けられなかったこともあった。しかし、腐ることはなかった。「仕事を通しての学びが一番である」と、自分自身感じていたからだ。

 「技術職のキャリア形成のお手本的な存在」との会社側の期待に応え、自らもロールモデルとしての自覚をもって、後輩らに語り掛ける。「チャンスを生かせる自分になっておこう」。チャンスはいつ来るかわからない、楽しくないと思うような仕事がおりてくることもある。でも、本当にやりたい仕事がきたときに、最大限応えられるような自分になっておくことが必要だ。そのためには「目の前にある仕事をきちんとする、手を抜かないこと」だという。

 むろん神崎さんの実践を通しての助言である。こうして仕事に取り組む姿勢を、会社の側も見逃さなかった。地域限定職でありながら、転勤したい、そして醸造の仕事に関わりたいという希望をかなえてきた。仕事ぶりを目にした上司が、全国工場に数名しかいなかった女性技術者の神崎さんを特別扱いせずに鍛え、引きあげてきたことも事実だろう。

 道なき道を拓いてきた神崎さんのスタッフ時代とは様変わりし、いまキリンビールでは女性管理職の育成に力を入れる。2007年に2.1%だった女性管理職比率は、2017年には6.1%となり、この10年でほぼ3倍に増えたことになる。今後も継続して女性管理職を育てるにあたり、いま力を入れるのは、リーダーを目指す女性を増やすこと。特に入社3年目から5年目あたりの若手層への働きかけだ。

 その一つが、前倒しのキャリア形成。女性は30歳前後で結婚、出産といったライフイベントを迎える人が多い。出産育児の時期には、どうしてもキャリアで遅れをとりがちだ。そこで、20代から30代の若手社員に重要なプロジェクトを担当させるなど早めに一皮むける経験をさせ、得意領域をみつけるよう促すという。こうした女性社員の育て方は冊子にして、女性の部下をもつ管理職全員に配布している。とくに技術職の女性部下をもつ現場を中心に人事が巡回をして、実践されているかどうか確認をしているという。

 二つ目は、メンタリングプログラム。入社3年から5年目の女性社員を対象に、先輩の男女社員がメンターとなる。海外経験を積んでいる人、子育てとの両立経験のある人など、メンタリングを受ける側は、メンターの希望を出すことができる。人事がマッチングをしたうえで、一対一のメンタリングを行っている。

 三つ目のユニークな取り組みとして、「なりキリンママ・パパ」プロジェクトがある。文字通り、社員が「(子育て中の)ママもしくはパパになりきって働いてみたら」と疑似体験するものだ。「保育園のお迎えのために『お先に失礼します』というのが、こんなにつらいとは知らなかった」「短時間勤務は、時間に追われて大変だ」といった、両立社員の大変さを体感することになる。

 実験的な導入を経て、2018年2月から全社で段階的に実施することになった。試験的に実施をするなかで、「人員が1.5人必要なところに一人しか配置されていない」「訪問回数を目標にするような昭和的営業がまだ行われている」といった人事、経営の改革につながる気づきが多く見られたことから、組織変革につながる可能性を感じたからだ。「なりキリンママ・パパ」体験を、組織を変革していくリーダー育成にもつなげたいという。この取り組みは一見迂遠なようでいて、組織変革を通してリーダー候補の女性社員を辞めさせない、時間制限のある社員でもキャリア形成を諦めさせないことにつながるものだ。

 神崎さん自身、かつてのような「24時間つかう働き方はもはや許されない」として、自身のこれまでの働き方はもはや通用しないと語る。とはいえ自身の成長のためには、どこかで集中してインプットをしなければいけないのも事実だ。「時間制約のある中で、その方法を自分で考えなければいけない」難しい時代に入ったと感じている。社員が成長し続ける現場をいかにつくるか。トップリーダーとなったいま、部下の部長らと膝を突き合わせて議論をする日々が続いている。

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