本田技術研究所二輪R&Dセンターで部下17人をまとめる主任研究員(課長職)の会田樹穂子さん(42)もまた、35歳のときのスペイン出張が、転機となった。開発を手掛けた大型二輪車を欧州市場に売り出すにあたり、現地のジャーナリストを招いて試乗会を行った。英国など各国から集まったイベント運営者、カメラマンなどプロフェッショナルの働きぶりをみて、目を見張った。初めて顔を合わせたにもかかわらず、現場で求められていることを瞬時に判断し、期待以上のアウトプットを出していく。何より驚いたのは、そのスピード感だ。「プロとして生きる」ために、何が必要かを考えた。

本田技術研究所の会田樹穂子さん。仕事と子育ての両立は  「何かを諦めることなくできている」
本田技術研究所の会田樹穂子さん。仕事と子育ての両立は 「何かを諦めることなくできている」

 わが身を振り返ると、何か聞かれると「これから調べます」と答えている。基礎知識を蓄えないと判断スピードは上がらないと考えた。ここで芽生えた問題意識から、育児休業中に難関資格「技術士」の勉強を始めて見事合格した。

 堀尾さんも会田さんも、早い時期に海外武者修行をしたことで、大きく成長したことがうかがえる。女性の管理職育成にあたっては、結婚出産といったライフイベントを迎える前に、成長につながる大きなチャンスを与えたほうがいいという考え方もある。この後2人は子育てと仕事の両立という課題を抱えることになった。早めの育成が功を奏したと言えそうだ。

子育てとの両立で、管理職イメージを塗り替えていく

 現在役員に就いているキャリア女性は、「仕事か子どもか」二者択一を迫られることが多かった。実際に、管理職層で子供を持つ割合は、男性に比べると女性は圧倒的に少ない。労働政策研究・研修機構の2012年度「男女正社員のキャリアと両立支援に関する調査」をみると、男性管理職の8割近くが既婚で子供がいるのに対して、女性管理職で「既婚・子供あり」は3割に過ぎない。子育て期も「バリバリ働いて」執行役員への階段を上がった、みずほ証券の絹川さんのような例は珍しいのが現実だ。

 管理職になると、子育てと仕事の両立が難しくなる、子供をあきらめなければいけない、こうした女性管理職イメージが、昇進を望む女性が少ない一因でもある。こうしたイメージを少しずつ変えつつあるのが、いま課長職クラスに就く女性たちだ。これが上の世代とは違う第二の点として挙げられる。

 前出の日本航空・堀尾裕子さんは現在、3人の小中学生を育てながら課長職に就いている。34歳で第一子を出産して戻ったあと、1年くらいは「宇宙遊泳している気分だった」という。楽しい宇宙遊泳ではない。時短勤務で毎日17時には帰るなか、仕事と子育ての両立に懸命で地に足がついていない感覚だった。出産前は、煙草を吸わないのに煙草部屋に顔を出したり、宴席にも顔を出したりと、社内コミュニケーションをとりながら仕事を円滑に回していた。ところが子育てによる時間制約のなか、残業や出張はおろか、同僚と会話をする時間すらなかなか取れなくなり、葛藤する日々が続いた。

 37歳で第二子を出産したあとはマネジャーに昇進。ここでも「残業できないのにマネジャーが務まるのか」と逡巡することになる。いつ何があっても職場に張り付いて対応するマネジャー像を思い描き、自身はこれとかけ離れていると悩んでいたという。

 従来の男性型マネジャー像の呪縛から解かれ始めたのは、第三子の産休・育休中あたりからだ。2010年の経営破たんの直後に出産、そして育児休業に入った。管理職として会社のために何をするべきかと思い悩み、経営者らがつづったビジネス書を片端から読んだ。その中で、子供三人の子育てと妻の看護をしながら東レの役員を務めた佐々木常夫さんの本で開眼した。「合理的に働け」というメッセージと具体策を頭に叩き込んで、職場に戻った。復帰直後に任されたシステム刷新のプロジェクトで、図らずも業務改革を実践することになった。いつしか、時間制約を乗り越えた管理職像を自ら作り出していた。

 ホンダの会田さんもまた、出産・育児により視点が大きく変わったという。30代前半で出産するつもりが、開発プロジェクトの関係で「予定より5年遅れ」となり38歳で出産。子育ての体験が仕事にプラスになることを実感している。すぐ近くに横断歩道があるのに道を横切ろうとする人がいる。たった5メートルでも前に進むのが大変だから――こんな心境が理解できるようになった。二輪や自動車を開発する上で、こうした弱者の視点を持つことは大切だ。

 部下に向き合う姿勢も変わった。部下は年上から年下まで全員男性だが、いま子育て中の男性は保育園のお迎えもあり、両立の課題を抱えている。その葛藤を理解した上で「子育てをちゃんとやるんだよ」と声をかけるようになった。

 日本企業では、育児休業を経て子育てしながらも仕事を続ける働き方が定着してきたのは、2000年代に入ってからだ。仕事か子育てか、という二者択一のイメージは薄れてきている。日本航空の堀尾さんも、ホンダの会田さんも、どちらを取るか、諦めるかという葛藤はなかったという。

 多様性の尊重が問われるなか、「我々の世代は(仕事と子育ての両立といった)実体験をもって後進に接することができる。マネジメントのスタイルを変えていくのは私たち世代の責任」と会田さんは言う。こうした女性課長が増えていくことで、組織の文化風土も変わっていくだろう。

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