記事を執筆するにあたって、何度もワグナー氏に連絡を試みたが、残念ながら彼と接触することはできなかった。繰り返しになるが、経営破綻の真相は、今も闇の中だ。パワ社では既に人員整理や事業売却が粛々と進んでいる。

ロンドンのフィンテックはバブルか

 今回の有力ユニコーンの破綻について、当然ながらロンドンのフィンテック業界から様々な意見が寄せられている。その1つは、パワ社に対する同情の声だ。

 「サンフランシスコならもっと早く、資金の出し手を見つけることができただろう。破綻は免れていたはずだ」。こう指摘するのは、ある英ベンチャーキャピタル幹部。ロンドンは世界のフィンテックのハブといわれるが、資金調達環境としては、米ニューヨークや米サンフランシスコの後塵を拝していると指摘する。

 ただし、こうした見方は少数で、多くは「ワグナー氏の経営判断ミスが理由」と厳しく見る向きが多い。「事業拡大を急ぎ過ぎ、資金繰りに失敗しただけ。ベンチャー経営者のミスとして珍しくもない」とあるフィンテック企業経営者は切り捨てる。

 むしろ、増えつつあるのが、「パワ社は、果たして10億ドル以上の価値がある会社だったのか」という声だ。言葉を換えれば、投資家が評価を一方的に釣り上げていたのではないか、もっと言えば、バブルではないのか、という指摘だ。

 「ロンドンのフィンテック業界がバブル気味なのは否めない。今回の件を反面教師にしたい」と語るのは、金融情報を提供するスマートフォン向けアプリを開発するベンチャー、英インベスターのケリム・デルハリCEOだ。同社は金融知識を提供する教育事業を柱としているが、最近では「フィンテック銘柄」としてくくられ、ベンチャーキャピタルから投資の申し出がひきもきらない。同CEO は「フィンテック銘柄というだけで、投資額が数倍にかさ上げされている」と指摘する。

 世界的な金融緩和を背景に、余剰資金がロンドンに流れこんでいるコンサルティング会社のKPMGらの調査によれば、2015年に英フィンテック企業が調達した資金は総額6億7690万ポンド(約1090億円)と前年比3割増となった。世界経済が減速し投資資金が引き上げられる可能性もあるが、3月にECB(欧州中央銀行)が金融緩和を拡大するなど、世界的なカネ余り傾向は当面続きそうだ。

 今、ロンドンで増えつつあるのは、何でもかんでもフィンテックにかこつける風潮だ。「数年前は、EC(電子商取引)サイト向けに決済サービスを提供して鳴かず飛ばずだったベンチャーが、今はフィンテック企業だとアピールしている。看板を掛け替えただけで、実態は何も変わっていないのに」。フィンテック企業のインキュベーションを手掛けるレベル39の関係者は言う。いわば、「偽装フィンテック起業」とも言える存在が増えつつある。

 危うさを残しながらも、英国のフィンテックブームは当面続きそうだ。「英国を世界のフィンテックの中心地にしたい」。英国のジョージ・オズボーン財務相はそう明言し、昨年、政府内にフィンテックを推進する特別チームを発足させた。規制緩和を進める一方で、既存の金融機関やフィンテックベンチャーと連携して研究開発面で支援することを約束している。

 もちろん、こうした流れは、確かな技術のあるフィンテックにとっては追い風だ。筆者の興味も、テクノロジーが既存の金融世界を変えていくダイナミズムを追うことにある。その意味で、フィンテック企業を評価するメディアも取材を重ねて真贋を見極める力を養う必要があると改めて痛感した。自戒も込めて。

 今回の破綻劇が、ロンドンで過熱するフィンテックブームに一石を投じたのは間違いない。