自社のソリューションを披露するワグナー氏。「中国の決済市場ではアップルやグーグルに勝てる」と豪語していた

 ワグナー氏は52歳の英国人で、複数の起業経験を持つシリアル・アントレプレナー(連続起業家)だった。パワ社を創業する前はパソコン通信のベンチャーを立ち上げ、富士通などとも取引をしていた。

 経験豊富な起業家がなぜ窮地に陥ったのか。真相は、現在も明らかになっていない。経営破綻が明らかになって以降、ワグナー氏は雲隠れしたままでメディアに姿を現していない。元社員によれば、急激な事業拡大のため先行投資がかさむ一方で、既存の事業はなかなか収益に結びつかなかったという。「資金繰りの失敗」というのが関係者の共通した見解となっている。

 調達した多額の資金はほぼ底を尽きかけていたとされ、2月初めの時点で、同社の手元に残っていた現金は25万ドル(約2800万円)だった。ワグナー氏は、破綻に至るぎりぎりまで、6社の投資会社と資金調達の交渉を続けていた。

創業者が語った幻の野望

 パワ社が大きな経営危機に陥ったとのニュースを聞いて、筆者は軽い衝撃を受けた。というのも、今年1月にワグナー氏にインタビューをしていたからだ。取材の狙いは、英国を代表するフィンテック企業として、ロンドンに拠点を置くことの魅力を聞き出すことにあった。

 振り返れば、確かにベンチャーにしてはあまりに豪華過ぎるオフィスだった。場所は、シティと並ぶロンドンの金融街、リバプールストリート。真新しい高層ビルの35階に同社のオフィスはあった。通されたのは、ガラス張りの豪華な会議室。仕立ての良いスーツを着て現れたワグナー氏は、英国人紳士といった雰囲気を漂わせていた。

 「世界を代表する金融機関との物理的、心理的な距離の近さ。欧州中から集まってくる有能な人材。そして、キャピタル(資金)調達のしやすさだ」。これがワグナー氏の考える、ロンドンでフィンテック企業を経営することのアドバンテージだった。「米国のカルチャーは水に合わない」とも話していた。

 その後、話題は同社の事業展開に及び、ワグナー氏はパワ社の壮大な事業構想を饒舌に語った。金融機関や店舗は米アップルや米グーグルに依存しない決済プラットフォームを必要としていること。パワ社がそのソリューションを提供できること。特に、中国をはじめとするアジアではアップルやグーグルなどの米国勢に勝つ自信があること――

 今となっては、本当に壮大な夢で終わってしまったわけだが、感心するのは、この時すでに同社の台所は火の車だったことだ。よほど資金調達に自信があったのだろうか。結果的には事業に失敗したが、窮地に陥っても、顔色を変えることなく自分の夢を語り続けたワグナー氏に、起業家の底知れぬしたたかさを垣間見た気がした。同時に、パワ社の状況を見抜けなかった筆者自身の力不足も痛感している。