臼田氏らがまず取り掛かったのは、公立校が不人気の時代でも根強い人気を集めていた、岡山朝日高校(岡山市)や鶴丸高校(鹿児島市)など公立進学校の視察。こうした高校に共通していたのは、近隣に予備校が少なく、受験勉強も全て自校内でサポートできる面倒見のよさだった。

 自由放任を是としていた日比谷は方向を転換。ホームルームの復活など、当たり前の進学指導や生活指導をすることから徐々に始めていった。そして08年、リーマンショックによる不況で、公立校の人気が回復基調になる。この前年、日比谷の東大合格者数は28人にまで回復。進学実績の上向きが鮮明となり、優秀な生徒が日比谷に集う流れができ始める。

永田町の議員会館や日枝神社に囲まれた超一等地に位置する日比谷高校

 12年に武内彰校長が赴任すると改革は更に加速。大学入試に備えた過去問の個別添削なども導入し、「面倒見のよさ」をさらに強化。16年には東大合格53人と、約40年ぶりに50人の大台に乗った。

 都立の重点校の中でも最も効果を上げた日比谷の改革は、他の都立高や近県の公立校でも取り入れられ、公立復権が加速した。一方、その余波を受けたのが、日比谷と同じく「自由放任」を是としてきた私立伝統校だ。渋谷教育学園幕張高校(千葉市)や駒場東邦高校(東京・世田谷)など「面倒見の良さ」を評価された新興勢力にも押され、人気が低迷。日比谷の凋落の道程をなぞるように進学実績を落としていった。

 その1つが、開成と並ぶ中高一貫校の私立御三家として知られる武蔵高校(東京・練馬)だ。かつては一学年の人数の半数に当たる約80人を東大に送り込んでいたが、2010年ごろに20人を割るまで低迷。「もはや御三家にあらず」。そんな言葉も囁かれるようになった。

 「目的もなく、東大を目指すことに意味はない。ただし、大学入試に対応できていないと、優秀な生徒が来なくなる」。武蔵の梶取弘昌校長の分析は、日比谷の臼田氏と同じだ。校内で生徒にヤギを飼育させる、岩石のプレパラートを2カ月かけて作らせるなど、生徒の自主性を重んじる教育を志向する武蔵だが「自ら殻を破ることができる生徒は少なくなった」

都内に立地しながら自然豊かな環境が特徴の武蔵高校

 武蔵も理想とする教育の実現のため、新たな取り組みに着手。これまで付き合いが薄かった進学塾とも情報交換を始め、模擬試験の実施や、センター試験対策などに乗り出した。広報活動を専門とするOBから助言も受け、中学生と保護者へのPR方法も見直した。「武蔵らしくない」。生徒からも教員からも、反対意見は出た。梶取校長は「では『武蔵らしさ』とは何かと逆に投げかけてきた。理念を都合のいいように捉えて、やるべきことをサボっているんじゃないか、と」。

高校にも求められる不易と流行

 成果は如実に現れている。17年に東大合格者数は32人と10年ぶりに30人台に回復。18年は前年を下回ったものの、27人と同水準を維持している。

 しかし、梶取校長の危機感はなお強い。「人工知能(AI)の進化などにより、高校で必要とされる学びは大きく変わっていくかもしれない。10年、20年後、武蔵だって今のままでいいとは思わない」

 理想とする教育を貫くために、改革に取り組む。時代に応じた不易と流行が必要とされる点は、教育でもビジネスでも変わらない。梶取校長は「変なグローバル志向はダメ、変に時代に迎合しすぎてもダメ、いい教育をしているという自己満足に陥ってないか絶えず反省しないとダメ。伝統は大事だが、変わらないために変わり続けなければいけない」と語る。