寮内で自習に励む海陽の生徒(写真:早川俊昭)

 こうしたイベントの仕掛け役となるのが、寮のスタッフとして協力企業から派遣されてくる若手社員。一緒に寮で寝泊まりし、生徒の兄貴分となる。生徒の生活指導を受け持つだけでなく、社会や大学での体験談を伝えたり、ホームシックの生徒が寝付くまで話し相手になったりすることもある。所属する企業の見学や職業体験の窓口にもなり、閉鎖空間に外部社会からの刺激を持ち込む存在だ。

協力企業から派遣される若手社員が社会への窓になる(写真:早川俊昭)

 初代の寮スタッフで、現在はJR東海の採用担当を務める藤井真彦担当課長は「人前に出るのが苦手な生徒が、週末の百人一首大会で抜群の成績を残したことで、古典の授業で頼られる存在になったことがある。その生徒は発奮してより古典の勉強に励むという好循環ができた。海陽の教育はビジネスでも通用する主体性、協調性が育ちやすい」と強調する。

 若手スタッフとは別に、12棟それぞれに「ハウスマスター」と呼ばれる年長者のまとめ役がつく。教員の他に、教員資格を持つビジネスマンもおり、寮内のルール作りなどを担う。一年ごとに交代する若手スタッフとは異なり、長期間寮を監督して棟ごとの文化を醸成していく存在だ。例えば、元自衛隊員のハウスマスター、冨樫勝行さんは寮内での点呼の際、旧日本海軍で用いられていた訓戒「五省」を生徒に詠唱させている。

「東大卒ダメ社会人」に足りないもの

 こうした特殊な教育環境がなぜ必要なのか。

 海陽の中島尚正校長は約30年間、東京大学工学部で教鞭を取ってきた。その中で多くの「東大卒のダメ社会人」が生まれる様子を見てきた。「東大生の上位3分の1はどこに出しても恥ずかしくない。でも、下の3分の1は満足に他の学生や教授とコミュニケーションが取れないため、専門教育も進まない。将来が心配で仕方がない」

 大学で人間教育を施そうとしても、学生はなかなか耳を傾けない。「心の成長が進む高校までに人間力を養わないと、大学での成長が限定される」(中島校長)

 中島校長が着目しているのは東大生の生活実態調査における、自宅通学者の比率だ。1986年は45%、1996年は52.1%、最新の2016年調査では62.2%とジリジリ上がっている。「学生の内向き志向が強まっている。留学制度にも希望者が集まらない」。核家族化や地域の遊び場が失われたことで「多様な交流を経験し、人間力を養う環境が失われたことが背景にあるのではないか」というのが中島校長の分析だ。

 自主性やコミュニケーション力、協調性、忍耐力などは今、知能指数と並んで重要な「非認知能力」として教育界で大きな注目を浴びている。東京大学社会科学研究所が2016年に発表した調査では、「忍耐力」に着目して男性の平均年収を調べると最も低いグループは371万円だったのに対し、最も高いグループは560万円だった。海陽の全寮制教育は、非認知能力の重要性に着目する産業界が考え出した、一つの方法論と言える。

 「こんな閉鎖空間で本当に自主性や多様性を育めるのか」(伝統的な進学校の関係者)、「社会人と接する機会が多く、独立心が育ちやすい環境だ」(大手企業の採用担当者)。海陽の評価は今もって定まっていないが、その野心的な教育の結果に対する企業の関心は高い。卒業生が社会に巣立つ時期を迎え、その活躍に注目が集まっている。