「任意後見」は、十分な判断能力があるうちに、自分で後見人や支援してもらう内容を決めておく制度だ(写真:Erickson Productions/アフロ)
数年前から、自分の老後や最期を考えて準備しておく「終活」が話題だ。終の棲家はどこにするか、どんな介護サービスを受けたいか、お葬式やお墓はどうしたいか──。そんな老後に向けた準備の1つとして、「成年後見制度」が注目されている。
成年後見制度は、認知症などで判断能力が衰えた人の財産や生活について、法的に定めた後見人が管理する制度で、大きく2つに分けられる。
まず、判断能力が既に衰えており、親族などが家庭裁判所に申し立てて、家裁が後見人を選ぶ「法定後見」。こちらは弁護士や司法書士などの専門職から選ばれることが多い。もう一つの「任意後見」は、十分な判断能力があるうちに、自分で後見人や支援してもらう内容を決めておくもので、後見人には専門職や親族以外の個人、社会福祉法人やNPO法人などもなれる。
日ごろから親族と老後について相談しているような人にとって、こうした制度は無縁かもしれない。だが、独居の高齢者は年々増加している。「子供には迷惑をかけたくない」「自分の兄弟や子供は信用できない」など、様々な事情から、成年後見制度を必要としている人がいる。
弁護士や司法書士などの着服件数は過去最悪に
そして残念ながら、成年後見制度に関するトラブルは、後を絶たない。専門家が後見人だからといって安心できるわけではなく、財産を着服されてしまう被害が後を絶たないのだ。最高裁判所の調査によると、2015年に成年後見制度で後見人を務めた弁護士や司法書士などによる着服などの不正は37件あり、過去最悪の件数だった。被害総額は1億1000万円だった。
こうした状況を鑑み、日本弁護士連合会(日弁連)は、2017年4月から、成年後見制度で弁護士から財産を横領された被害者に、500万円を上限とする見舞金を支払う制度を始める。対象は被害額が30万円を超える人で、弁護士が弁済できる場合は支払われない。こうした制度ができることはよいが、そもそもあってはならないことだ。
自分が決めておく任意後見にも課題はある。例えば本人が誤って第三者と不利な契約を結んでしまった場合、法定後見であれば、その契約を取り消すことができるが、任意後見人にはこうした取消権がない。
また、任意後見はあらかじめ契約を結んでいても、本人の判断能力が低下してその効力が発生する時期までは厳密に決まっていないため、本人と任意後見人になる予定の人との間にトラブルが起きた場合など、スムーズに執行されないことがある。
後見人になることへの委縮ムードも
もっとも、国はこうした現状に手をこまぬいているわけではない。今後、高齢者、さらに認知症の人の急増が見込まれる中で、国は一般市民の後見人(市民後見人)を増やそうとしている。もともと後見人は専門職がなることが多かったが、それだけでは足りなくなるからだ。また、実際に成年後見制度を利用する人は、近年増加傾向にあるが、2015年12月末現在で約19万人と、その利用が少ないとみている。
こうした中で2016年5月に「成年後見制度の利用の促進に関する法律」が施行され、9月には内閣府が有識者による委員会を立ち上げた。ここで市民後見人をいかに確保するか、後見人による不正をどう防ぐかなどについて議論された(委員会での検討内容はこちら)。その内容を踏まえて、利用促進に関する基本計画が17年3月にも閣議決定される見通しだ。
民間企業も、現状を打開するためのサービスに乗り出し始めている。
後見人向けの保険商品も登場
損害保険ジャパン日本興亜は、2016年4月に後見人向けの保険商品の補償を拡大した。被後見人が他人にけがをさせた場合なども対象とし、さらに17年4月からは、被後見人が間接的に電車を止めて生じてしまった損害もカバーするようになる。同社がこうしたサービスに乗り出したのは、後見人をやることに対する委縮ムードを払しょくしたいという考えからだ。
きっかけは、16年3月に出た最高裁判決。線路に立ち入った認知症の人が列車にはねられて死亡した際、鉄道会社が遺族に約720万円の損害賠償を請求していた。結果は「遺族は支払う必要なし」との判決となったが、責任無能力者の行動による賠償事故において、後見人の管理責任をどのように考えたらよいのか、に注目が集まった。
「保険商品を通して、成年後見人を安心して引き受けられるような環境を作っていきたい」と、損害保険ジャパン日本興亜企業商品業務部賠償保険グループの森俊明特命課長は話す。
城南信用金庫(東京都品川区)は、3月1日から「城南成年後見サポート口座」という従来にないサービスを開始した。
もともと法定後見制度には、本人の財産を保護する観点から、「後見制度支援信託」という制度がある。日常的に使うお金を後見人が管理して、通常は使わない多額の財産は信託銀行に信託しておく仕組みだ。だがこれを払い戻したり、解約したりするには家裁の指示書が必要で、利用しにくさが指摘されている。
城南信金のサービスは、金銭の不正を防ぎつつ、使い勝手の良い仕組みを両立するために考え出された。
被後見人の名義で、2つの口座を開設する。口座Aには生活費など少額、口座Bには日常使わない大口の金額を管理する。口座Aはキャッシュカードを発行し、後見人が1人でも引き出せるが、口座Bはチェック機能を持たせるために、後見人と後見監督人など、署名印鑑を登録して管理する。口座BからAに毎月一定額振りかえるなどのサービスを入れて、利便性も高めたものだ。
行政の取り組みも進む。埼玉県志木市では、市民後見人を増やしていくための条例案を市議会に提出。3月17日まで開催される市議会で可決されれば、4月1日から施行される。後見人だけに負担がかかるのではなく、地域で後見人と被後見人の関係をサポートしていくような仕組みを築いていく考えだ。
2012年に462万人だった認知症の人は、2025年には700万人にまで増えると言われている。それまでに認知症の人の財産を適切に管理して、後見人を安心して引き受けられる仕組みをどれだけ整えられるか。民間企業や行政が、さらに知恵を絞っていく必要がある。
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