(前回から読む)
無口な女
女は街で暮らしたことがなかった。
生まれたのは森の奥の掘立小屋で、35歳の今まで居場所を10回以上変えたが、全て深い森の中だった。
金鉱山で産まれた女は、金鉱山から出たことが一度もなかった。
名はエジネイヤといった。
彼女は〈黄金の悪魔〉の鉱山で働くクイジネーラ(食事を作る女性のこと・賄い婦)なのだが、他のクイジネーラとは、見てくれも性格も違っていた。アマゾンの女性には珍しく痩せていたし、ラテン気質からは程遠い無口で地味な女だった。
何にもまして、彼女はいつも無表情だった。料理を作っている時も、休憩時間にタバコを吸っているときも、料理場に入って来た犬を叱りつけるときも、喜怒哀楽を表に出さなかった。
だから、その面立ちからは窺い知れない劇的で刹那的な生き様を知ったとき、驚きを禁じ得なかった。

女、12歳
エジネイヤの父は金鉱山専属の船頭だった。腕が良かったのだろう。様々な鉱山に請われ、その時々で一番条件のいい金鉱山に居を構えて暮らしていた。
母は彼女と同じクイジネーラだった。だが、エジネイヤが生まれて間もなく父母は離婚、エジネイヤは父親に引き取られ、一緒に鉱山を転々とすることになった。
11歳の時、父親が船に乗せて連れてきた若いガリンペイロに恋をした。初恋だった。乱暴者だったが優しいガリンペイロだった。翌年、男の子が産まれた。エジネイヤは12歳で母となった。しかし、若いガリンペイロは街に帰っていて不在で、子どもが生まれたことを人づてに聞くと、金鉱山には二度と戻ってこなかった。
「もう、名前も顔も忘れたわ」
エジネイヤはそう言った。そのあとに悪口が続くのだろうと思った。だが、彼女はか細い声で短くこう言った。
「どんな人かも殆ど忘れてしまったけど……、優しかったことだけは覚えてる」
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