「人民調節」(ソーラ氏は流ちょうな中国語でレンミンティアオジエと発音した)という、中国の市民サービスみたいな言葉がある。義烏ではぼくのようなアフリカ人が中国人と一緒に「人民調節」に参加している。中国とアフリカは違う。やりかたがわかっていない新入りが問題を起こすことはある。それは悪意からじゃなくて不理解からで、僕のような人間が説明すれば解決する問題だ。僕はこの街にいるアフリカ人ならだいたい知っている。

 新しい街で暮らすのは、新しい会社に入るようなものだ。いくつか受け入れなければならないもの、学ばなければならないものがある。それでも僕たちが変わるわけじゃない。ビジネスは大事だ。ビジネスで生むお金は大事だ。でも、安全に楽しく暮らせることはそれより大事だ。義烏では中国人と一緒になって、僕もそういう社会を作っている。

 もちろん一方通行じゃなくて、僕らの文化をみんなにわかってもらう活動をしている。年に一度この義烏でアフリカ文化フェスを開いて、そこに中国の国営テレビ局が取材にきた。アフリカは危険と病気と内戦だと思われているが、そうじゃない国の方が多く、平和で素晴らしい人々がいる。広州にも多くのアフリカ人が暮らすが、彼らは社会から恐れられていて、広州のアフリカ人もビクビクしながら暮らしている。この義烏では違う。

 僕はアフリカ人だ。子供はこの街の公立学校で学び、僕より上手に中国語を話すが、今はルーツを確認するためにセネガルに戻している。また僕も、いつかは生まれたセネガルに帰ると思っている。このように僕はアフリカ人だが、この街の一部なんだ。

取材中にも多くの友人がソーラ氏のオフィスを訪れる。素晴らしくフレンドリーな人柄が国籍にかかわらず多くの人たちを引きつけている
取材中にも多くの友人がソーラ氏のオフィスを訪れる。素晴らしくフレンドリーな人柄が国籍にかかわらず多くの人たちを引きつけている

アフリカにいて思いつかなかったことが、中国では見える

ソーラ氏:今のアフリカはすべてがニッチ、スキマだ。もしアフリカでビルディングを建てようとしたら、セメントも鉄も、すべてを輸入しなければならない。でも僕は、そのうちアフリカが次のレベルに達し、製造機械を外国から買って、産物を輸出する時代が来ると信じている。中国は40年でパワフルに成長したが、彼らがどこから始めたか、僕らが学べることは多い。

 僕のようにもともと貿易商として中国と関わり始めたアフリカ人が、自国で製造業を始めたケースは多い。僕は原料と機械を買って、セネガルでPEX(水道管などに使うプラスチックの一種)を作る工場を始めた。

「この街にいると、モノを見たときの視点が変わる」と語るソーラ氏
「この街にいると、モノを見たときの視点が変わる」と語るソーラ氏

 (アフリカで製造業を始めた理由は)この10年で義烏のコストが上がったこともあるが、この街にいて視野が広がったことも大きい。なんでもいいが、たとえばこのテーブルにあるライターをアフリカで見たとする。たぶんなんとも思わない。でも、中国で生活した後でこのライターを見ると、「これはどういう手順を経て作られて、いくらぐらいのものだ」とわかるようになる。

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