5月7日の投票締め切り直後、エマニュエル・マクロン候補の勝利が報じられ、歓喜するパリのマクロン支持者たち

 現地時間の5月7日午後8時1分。フランスの地元メディアが一斉に「当確」を報じると、パリ中心部のルーブル美術館近くに設営された特別会場では無数のフランス国旗がはためき、拍手と歓声に湧いた。世界が注目したフランス大統領選の決選投票は事前の予想通り、中道系独立候補のエマニュエル・マクロン氏が勝利した。

 無所属と極右政党の候補による決選投票は、1958年に始まった第5共和制下で初めてのこと。共和党と社会党の2大政党が長らく支配してきたフランス政治に国民が明確にノーを突きつけ、無所属の新リーダーが誕生した。同国にとって歴史的な選挙となった。

 地元メディアの予測によると、7日午後10時時点で、マクロン氏は有効投票数の65.1%を獲得。国民戦線のマリーヌ・ルペン氏は34.9%だった。

 会場で取材に応じた30代のパリ在住の女性は「こんなにハラハラした選挙は初めて。何としてもルペンの大統領就任は阻止しなければと思った」と興奮気味に語った。

エマニュエル・マクロン(Emmanuel Macron)氏
1977年12月生まれ。39歳での大統領就任はフランス史上最年少となる。オランド現大統領が率いる政権で経済産業デジタル相を務めていたが、大統領選に出馬するため2016年に辞任。仏の名門、パリ政治学院と国立行政学院を卒業。英ロスチャイルド系の投資銀行で企業買収支援などを手掛けた。左派、右派どちらにも寄らない中道を掲げる。右は24歳年上の妻、ブリジットさん。(写真=AP/アフロ)

 当確を決めたマクロン氏が支援者の集まる特設会場に姿を現したのは、7日の午後10時半過ぎ。ベートベンの『歓喜の歌』をバックに登壇し、集まった数万人の支持者に感謝した。「経済を再び強くし、国防体制を再構築し、すべてのフランス国民を守る。決して簡単な仕事ではないが、我々にはその力とエネルギーがある」と宣言。最後は、妻と家族も駆け付け、勝利を祝った。

マクロン氏の登場に興奮する支持者たち

 投票日直前の5日、マクロン陣営はサイバー攻撃を受け、選挙運動に関連したメールや会計文書などが大量に流出したことを明らかにした。大統領選の選挙管理委員会は流出した情報には虚偽内容が含まれている可能性があるとして報道機関に報道の自粛を呼びかけたが、情報漏えいによるダメージが懸念された。しかし、結局マクロン氏の勢いは衰えなかった。

 マクロン氏の当確が明らかになった時、ルペン氏は、パリ東部のシャレー・デュ・ラックで支持者らと共に待機していた。セキュリティーと建物の狭さを理由に大半の報道関係者の立ち入りを制限したため、当初は情報がほとんど得られなかった。

 その後、マクロン氏「当確」との報道が流れると、ルペン氏は支持者に向けて、敗北を認めマクロン氏の大統領就任を支持すると演説した。そして集まった関係者に対し、国民戦線として歴史的な数の票を獲得したことをねぎらった後、、国民戦線を発展的に「転換」し、新しい政党を立ち上げることを示唆したと言う。この言葉の真意が、解党を意味しているのかは、今のところ分かっていない。