シュワルツェネッガーは無意識に映画の常識を揺さぶってきた

――てらさわさんが指摘されていますが、1986年公開の戦争アクション『コマンドー』にはストーリーやドラマがない。しかも主人公に葛藤や迷いもなくて当時すごく新鮮でした。同世代のアクションスターのシルベスター・スタローンはもっとドラマ重視な感じがします。

てらさわ: スタローンってわりと作家なんですよ。監督も脚本も自分でできる。シュワルツェネッガーはそういう才能が一切ないので、自分を人気者としてかっこよく見せる、ということにフルスイングできるというか。物語性とか、ドラマ性みたいなところで自分を良く見せることにあんまり興味がなかったのかなと思います。

――人間的な深みのようなものは自分には必要ないと?

てらさわ: 彼なりにそういう欲求はあったと思うんですけど、割とボディービル的な見せ方をしようとしたのかなと。見た目の美しさだけを突き詰める表現主義みたいなところはあると思います。

「コマンドー」吹替版特別上映は10月20日、東京・池袋の新文芸坐で開催。主催:フィールドワークス/TCエンタテインメント、協力:日本俳優連合/ふきカエル大作戦、企画・運営: V8japan絶叫上映企画チーム
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――シュワルツェネッガーの主演作品では、主人公が負ける気が全くしません。アクション映画というのは、普通だったら、「あ、危ない!」というハラハラドキドキを観客にさせるべきなのに、それを全くさせないというのは何なんだろうと思います。

てらさわ: そうなんですよね。ただ、そのことについて考えていて、意外とシュワルツェネッガーだけじゃないよね、というのは思ったんですよ。シュワルツェネッガーのことを考えていたらだんだん「映画とは何か」ということについて考え始めるようになりました。

――そこまで考えましたか!

てらさわ: あえて『シュワルツェネッガー主義』には書きませんでしたけど、要するに、トム・クルーズにしたって、まさか『ミッション:インポッシブル』の途中でトムが死ぬとは誰も思わないじゃないですか。

――まあ、そうですね。

てらさわ: だとすると、みんな何をハラハラしているんだろう? と最近思うようになってきて。

――スターが死ぬわけないじゃん、と。

てらさわ: ヴィン・ディーゼルの主演映画だってアンハッピーエンドはないじゃないですか。そうするとアクション映画における、スリルとかサスペンスとかって一体何なんだろうと。

――確かにスターの映画なら、主人公は死なないし、テロリストの爆弾は爆発しないよね、みたいなことは思いますね。

てらさわ: そうそう。死ぬわけないでしょうと。そう考えるとシュワルツェネッガーはかなり早い段階で、その疑問をすでに超越していたんですよね。

――一歩先へいっていましたね。

てらさわ: 僕がそういう疑問を持ち始めたのはつい最近なので。スリルとサスペンスとは一体何なんだと。シュワルツェネッガーの映画をずっと 見ていたら、もはや映画とは何かというところまでいきました(笑)。

――実は、『コマンドー』のようにストーリーがない映画って最近多い気がします。『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(2015年)もストーリーは相当シンプルですよね。

てらさわ: そうですね。A地点からB地点に行って、A地点に戻るみたいな。そういうことを実は『コマンドー』が先駆けて実践していた気がします。