「無観客」にすれば実現できる

ミッドナイト競輪はスタンドに観客を入れない「無観客」状態で行われる
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「今この時間、これ(携帯電話)で車券買えるようにしたら、売れるんじゃない?」

 無観客レースのアイデアは、競輪を統括する公益財団法人JKAの職員同士の夕食の場でふと出てきたものという。時は21時過ぎ。競輪を含めて公営競技が全て終了している時間帯だった。

 競輪にはレースが昼間に行われるものと、夕方から行われるナイターがあるが、ナイターでも20時半頃には全レースが終了する。競輪場を訪れる観客はともかく、一般のインターネットユーザーにとっては宵の口だ。多くのユーザーが帰宅後くつろぎながらネットにアクセスする時間帯に合わせてレースを始めれば、今まで競輪と縁のなかった層にもレースを見てもらうことができ、新規のファン開拓と車券販売拡大が見込めるのではないか。そこから、通常のナイターよりも遅い時間に始める「ミッドナイト競輪」の検討が始まった。

 しかし実現には大きな障害があった。最大の問題は周辺環境への影響だ。ただでさえ公営競技はギャンブラーの集まる荒々しい場所というイメージがある。それが夜遅く行われるというのであれば、地域の理解は容易に得られるはずもない。風営法上も問題がある。

 だがミッドナイト競輪の目的がネットでの露出拡大にあるのならば、競輪場での車券販売などネット以外の販売チャネルにこだわる必要はない。競輪場に観客を入れる必要がないなら周辺環境の問題は解消できる。そこで、なんと「無観客」とすることにしたのだ。

 JKAでこのアイデアがまとまったのは2010年のこと。実際にそのミッドナイト競輪を開催する競輪場として白羽の矢が立ったのが、北九州市の小倉競輪場だった。小倉競輪場は競輪発祥の地として全国43の競輪場の中で最大の売り上げがあることに加え、ドーム型の屋内競輪場で音や光が外に漏れにくい構造ということがその理由だった。

 ただ屋内でも本当に周辺環境に影響を与えることはないのか、実地であらゆる検証を行う必要がある。レースがラスト1周の際に鳴らす鐘の音が外に漏れないか、競輪場の屋外で音を測定したり、深夜にレースを終えて車で帰宅する選手や職員の動線を組み直したり、観客エリアの照明を落としても競技に影響がないかチェックしたりしたという。

 関係者への調整も必要だった。特に選手は重要な利害関係者だ。競技成績が自分の生活を左右する選手にとって、ミッドナイト競輪に出場の時だけ違う生活リズムを強いられるのは厳しい。また従来からのコアなファンからは、観戦や車券購入がネットに限定されることに反発もあったという。

 しかし20年も減収が続くなかで何も手を打たないわけにはいかない。その危機感から小倉競輪場のスタッフは関係者の説得を続け、2011年1月、第1レースが21時すぎ、最終レースが23時すぎというミッドナイト競輪の初めての開催にこぎつけた。

 本当にネットだけで成り立つのか、関係者の不安の中で始まったミッドナイト競輪だったが、フタを開けてみれば売り上げは昼間の開催と同規模の1日あたり約8000万円にのぼった。昼間の開催よりレースの本数も出場選手数も少ないにもかかわらず、売り上げは昼間と変わらなかったのだ。しかも無観客のため、接客や警備の係員なども不要でコストは抑えられ、収益の改善にも貢献した。

 その後もミッドナイト競輪は安定した収益を上げるとともに、新しい利用者の獲得も進んだ。2012年からは小倉以外にもミッドナイト競輪を開催するところが出始め、それに比例する形でネット経由の車券販売も拡大。現在では年間の延べ開催日数のうち1割以上が無観客スタイルのミッドナイト競輪で、ネットを中心とした車券販売の「電話投票」も、2010年度の1315億円から2015年度は1526億円に拡大し、車券販売全チャネルの約4分の1を占めるまでに至った。それが全体の売り上げを押し上げ、2014年度の23年ぶりの増収という結果に表れたのだ。