時代の革新に挑戦し、「不易流行」 の理念を掲げる

 七彩は創業1946(昭和21)年、商業施設の設計・施工、およびマネキンと什器の販売・レンタル事業を行う会社だ。マネキン制作は、明治期から人体解剖の模型を手がけていた島津製作所の標本部を源流とする。もともと日本の洋マネキンは、大正初期にパリからの輸入品で始まったが、船便で蝋(ろう)製のボディが変形し、それを人体模型制作の技術で修復したことをきっかけに、1925(大正14)年、国産の第1号が生まれた。

 マネキンの姿は世相を映す。時代の精神を反映するファッションの流行を絶えず追いかけながら、時代とともに移り変わる。「その時代の革新に挑戦している」と語る同社相談役・山田三都男氏は、マネキン制作の理念を「不易流行」と表現した。

 新しさを求めて変化する流行のなかに、長く変わらない永遠性がある、といった意味合いだろうか。マネキン史における革新の事例を山田氏にいくつか挙げてもらうと、まずは戦後の復興に続く経済成長期に発表した、47㎝のウエストと張った腰の曲線美を強調する女性像。

フランスの彫刻家「ダルナ」の名を冠したシリーズの1つで、パリモードの香りが色濃く漂う。1959年制作。ウエストは47㎝。当時の理想の身体美を表現したもので、業界に旋風を起こした(画像提供:七彩)
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 その後、脚に初めて「膝小僧」を表現した。英国のファッションモデル・ツイギーの来日でミニスカートブームに沸いた時期と重なる。ツイギータイプのマネキンは1970年代前半の若者向けファッションの演出に欠かせなかった。

ツイギータイプのマネキン。腰骨、鎖骨、膝頭、肩甲骨が初めて表現され、人体らしさに一歩近づいた。大森達郎作、1968年(画像提供:七彩)
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 さらに日本の経済が頂点を極めたバブル経済期には、いかり肩のマネキンが生まれた。大流行した大きな肩パッド入りの服をキレイに見せるためだ。

バブル経済期のファッションを体現するような、いかり肩のボディが特徴的。加野正浩作、1985年(画像提供:七彩)
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バブル時代の香りを強烈に感じるマネキンと装い(画像提供:七彩)
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 そして2017年、顔も体も丸い“ぽちゃカワ”のマネキンがついに登場。オシャレなぽっちゃり女性が市民権を手に入れ、大きなサイズのトレンド服が増えたことが背景にある。

PUFF(パフ)と名付けられた、ぽちゃカワのマネキン(画像提供:七彩)
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