若き宗家が語るARが能に合う訳

 観劇後、宝生流第二十世宗家の宝生和英氏に、ARを使った鑑賞システムに取り組んだ理由を聞いてみた。従来からある解説ツールと比較したメリットとして宝生氏が挙げたのは、導入の手軽さだった。

 能楽の解説ツールとして代表的なのは、音声でリアルタイムに解説してくれるイヤホンガイドだ。ただ、能はせりふを節にのせて伝える音楽性の強い芸能。イヤホンで耳をふさぐのは邪魔になる。また、国立能楽堂では前の座席の背面に小型液晶画面を埋め込み、字幕を表示する座席字幕システムを導入しているが、こちらは舞台と字幕が同時に見られない。「設備投資費や維持費がかかるので、中・小規模の能楽堂では導入できないのも難点」と宝生氏は言う。

 この点、今回使用したAR鑑賞システムは、字幕を見ながら舞台も見られる。パソコンとウエアラブルデバイスで実現できるので、「どこにでも持ち出せるのもいい」(宝生氏)。能楽には元々、屋外で演じる「野外能」という文化がある。加えて最近では、大使館や海外などに呼ばれて演じることも増えたので、場所を選ばないというのは重要な要素だそうだ。

宝生流第二十世宗家の宝生和英(かずふさ)氏。室町時代から続く能楽の名門、宝生家に生まれ、東京芸術大学音楽学部邦楽科を卒業後、宗家を継承した(撮影:シバタススム)
宝生流第二十世宗家の宝生和英(かずふさ)氏。室町時代から続く能楽の名門、宝生家に生まれ、東京芸術大学音楽学部邦楽科を卒業後、宗家を継承した(撮影:シバタススム)
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 今回の実証実験は、能の初心者向けに謡や囃子の意味を解説するものだったが、宝生氏は「狙うのは初心者だけではない。様々なアイデアを盛り込み、いずれは能にアドオンする新たなコンテンツにしたい」と語る。「例えば、外国語の字幕をつけて、外国人の観客に対応するのは第一歩。ほかにも、能への精通レベルに応じて、観客が自分に合ったコンテンツを選べるようにもしてみたい」(宝生氏)。初心者に適した解説があるように、能上級者に適した解説もあると考える。さらに、舞台上に昔の能楽堂を仮想的に再現するなどの演出も、ARなら可能だ。このような使い道を実現できれば、能の魅力を既に十分知っている能上級者にも、能の新たな楽しさを提供できると考えている。

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