謡やお囃子の意味をリアルタイムで表示

 開演前に、ソニー製のメガネ型ウエアラブルデバイスを渡される。AR用デバイスとはいえ、サイズは一般的なメガネとほぼ同じ。かけてみると、ほとんど違和感がない。これなら1時間でもかけていられそうだ。ただ、メガネをかけている人は使えないのだろう。事前の案内にも、コンタクトレンズでの観劇が推奨されていた。

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メガネ型のウエアラブルデバイスをかけて観劇する。レンズの横、ツルの部分に小型のプロジェクターが内蔵されており、受信した解説文を字幕としてレンズに投影する仕組みだとのこと(撮影:シバタススム)
メガネ型のウエアラブルデバイスをかけて観劇する。レンズの横、ツルの部分に小型のプロジェクターが内蔵されており、受信した解説文を字幕としてレンズに投影する仕組みだとのこと(撮影:シバタススム)
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 ウエアラブルデバイスをかけてみると、視界の下の方に緑色の字幕が見えた。ウエアラブルデバイスには小型の通信装置がぶら下がっており、無線LANで能楽堂後方に設置されたノートパソコンとつながっている。上演中、ストーリーが進むのに合わせてスタッフがパソコンで解説文の送り出しを指示すると、観客のウエアラブルデバイスに解説文が表示されるという仕組みだ。

ウエアラブルデバイスで見える字幕のイメージ。人間の目で見ると、実際はもう少し視界が広くなるので、字幕も舞台にかからない位置に見える
ウエアラブルデバイスで見える字幕のイメージ。人間の目で見ると、実際はもう少し視界が広くなるので、字幕も舞台にかからない位置に見える
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 さあ、上演が始まった。登場人物が橋掛かり(舞台袖の渡り廊下のようなところ)を歩いて舞台に向かう。字幕には、先頭から登場人物の名前や説明が表示された。そのとたん、「これはいい!」と思った。普段、能を見る前はパンフレットなどであらすじを読んでおくのだが、登場人物はカツラもメイクもしていないので、慣れない身にはどれが誰やら分からない。だが、こうして説明してくれれば、事前に読んだあらすじと今、舞台にいる人物が誰か結びつく。

 登場人物や「地謡」と呼ばれるコーラス隊の方々が謡をうたい出すと、その意味が表示される。誰が誰に何を命じているのか、何を考えているのかがよく分かる。特に記者が感激したのが、囃子の解説。「これは場面転換を表す囃子。山に移動します」「これは時間経過を表す囃子。夜になりました」というように囃子自体の意味が表示される。前述のとおり、能には舞台セットがないので、場面転換が分かりにくい。こうして囃子の意味を教えてくれれば、ストーリー展開についていけるではないか。

 しかも、観劇中も想像以上に邪魔にならない。字幕が表示される場所は舞台の下、前に座っている観客の頭にかかるような位置だ。レンズの透過率も85%あるということで、3Dムービーのように視界が暗く感じることもなかった。歌舞伎のように、観客席と舞台に距離があったり、舞台セットが派手だったりするとどうなるか分からないが、比較的小ぶりで、舞台上もシンプルな能では、字幕が舞台の邪魔になったり、逆に背景が字幕と重なって字幕が視認しにくかったりすることもほとんどなかった。

 最後には、「土蜘蛛」という物語に暗に込められた意味や当時の世相などの解説も表示された。なるほど、土蜘蛛ってこういう話だったのか……かくして、記者は最後まで寝ずに能楽を堪能した。能を見るのは4度目にして、初めての経験。ちょっとした達成感である。

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