プロ棋士と将棋ソフトの微妙な関係

観戦記者の大川慎太郎氏。「観戦記者は棋譜を見て形勢の流れや指し手の意味を伝えるのが仕事」と話す(写真/シバタススム)
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 コンピューターに将棋を指させたり、碁を打たせたりするそもそもの目的は、AIの精度の向上、つまりAIの思考をいかに人間のそれに近づけるかという研究の一環だ。その副産物として市販の将棋ソフトも登場した。

 棋士と将棋ソフトの関係が独特なのは、棋士にとって将棋ソフトが倒すべきライバルであると同時に、指し手を“研究”するためのツール、言い換えればパートナーでもあるところだ。「それだけに、複雑な思いを抱いている人が多い」――将棋界で観戦記者として活動し、棋士たちにAIに対する率直な気持ちを聞いたインタビュー集『不屈の棋士』も執筆した大川慎太郎氏はこう語る。「研究に活用している人がいる一方で、メリットは認めながらも頼りたくないという人、嫌いと言い切る人など棋士の反応はさまざまだ」。

大川氏が執筆した『不屈の棋士』(講談社現代新書)。羽生善治三冠、渡辺明竜王という現役最強棋士に加え、ソフトを積極的に研究に取り入れている千田翔太五段、「Ponanza」に破れた山崎隆之八段など11人のインタビュー集。人選について、大川氏は「羽生さん、渡辺さんは外せなかった。あとはソフトに詳しい人、それと将棋ソフトに対して(プラスにしろマイナスにしろ)強い感情を示した人を選んだ。『面白い話ができないから』と取材を断られた人も何人かいた」という
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 棋士たちは、相手玉を詰ませるために、各局面で考えられる指し手の中から最善手(より有効と思われる指し手)を選択していく。その最大公約数といえるのが長く伝わる“定跡”だが、定跡では相手玉を詰ませるまでには至らない。相手も同じ目的で最善手を選択するのだから当然だ。

 そこで棋士たちは、勝負に勝つために、さまざまな局面を想定し、それぞれの最善手を探す。つまり、定跡で最善とされている指し手より有効な指し手はないか、定跡が「形勢互角」としている局面から、自陣を優勢に導く手はないかを“研究”するわけだ。

 従来、そういった研究は、個人、または「研究会」と称される棋士仲間同士のグループで進められていたのだが、近年は、そこに将棋ソフトが加わってきた。当初は弱すぎて相手にならなかった将棋ソフトも、改良を重ねるごとに強くなり、棋士に匹敵する力を備えてきたからだ。

 「転機はBonanzaが登場した2005年ころ」と大川氏は証言する。それまでの将棋ソフトは、コンピューターの処理能力の限界から、局面に関係なさそうな手は捨て、より自然な指し手を選ぶ「選択探索」という手法を採っていた。これに対し、Bonanzaは、考えられる全ての指し手を評価する「全幅探索」を採用した。