東京・お台場の青海駅前で「HOUSE VISION(ハウス・ビジョン)」という名の展示会が、今週末の8月28日まで開催されている。アイデアや考え方を実際に「実物大の家にしてみた」エキシビションハウス群は、さながら家の形をした未来生活の実験場だ。
小部屋をジャングルジムのように積み上げた集合住宅もあれば、薄膜の壁が情報や映像のスクリーンになる、遊牧民のゲルのような丸い建物もある。巨大な角材を切断したような直方体の隣には、高床式の「オフィス」が建っている。
ハウス・ビジョン展の企画・構想は日本デザインセンター代表の原研哉氏、会場構成は新国立競技場の設計も手がけた隈研吾氏
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「住まいの未来図アイデア」を、本当に作ってみた
ここには見慣れた姿をした普通の「住宅」は1つもない。展示されている「家」はそれぞれ企業とクリエイターのコラボレーションによって、未来の生活を提案するアイデアを形にしたものだ。
参加企業はLIXILやトヨタ自動車といったメーカーから、無印良品、三越伊勢丹、ヤマトホールディングスなど住宅関連以外も多い。民泊を世界に広めたAirbnbも参加している。それぞれの企業が建築家やデザイナーなどのクリエイターと組み、自社の先端的な試みとつなげた提案を形にしている。
提案とはいえ、エキシビションハウスは移築して使い続ける予定のものもあり、単なる絵空事とは違うリアリティーがある。
お台場の青海駅前の特設会場に、13の企業とデザイナーや建築家などのクリエイターとが組んで、12のエキシビションハウスを作った
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3年ぶり2回目の展示会は、12棟に拡大
HOUSE VISION展は、2013年に続いて2回目となる。しかしHOUSE VISIONのプロジェクト自体はそれに先立つ2011年にスタート。日本と中国で計50回を超える研究会やシンポジウムが開かれ、家というテーマをめぐって議論を重ねている。今回の展示会に参加していない企業を含め、研究会の段階から幅広い業種の企業や行政、研究者も参加している。
そこにあるのは、「家が産業の交差点である」という視点だ。家は人の生活の拠点であり、情報のハブであり、家族の営みを育てる場であり、社会の課題や産業の活動目的が集約される結節点でもある。そこには生活、社会、産業の未来が凝縮された形で出現している、という考えがその出発点となっている。
今回の展示テーマは「CO-DIVIDUAL コ・ディビジュアル──分かれてつながる/離れてあつまる」。個へと分断された人々が、新たな人と人のつながりをいかに作り出していくか。個人と家族、生活と仕事、都市と地方、コミュニティーなどの課題を、自由にポジティブに、それでいてリアリティーをもって考えた提案が並ぶ。
前回は7棟だった展示は12棟に増え、それぞれ企業とクリエイターのコンビネーションで1つのテーマを掘り下げることによって、明快に先鋭化したコンセプトが表現されている。
2013年に続いて2度目の展示会のテーマは「分かれてつながる/離れてあつまる」。幾度もの研究会やシンポジウムで議論されたテーマを下敷きに企画された。その経緯は本にまとめられ、会場でも入手できる
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「桟橋」を渡って、未来の生活に踏み込む
会場はすぐ横が海という湾岸の立地を生かし、海に張り出した桟橋をイメージさせるつくりになっている。中央の太いウッドデッキから枝分かれして長く突き出た桟橋を渡っていくと、その先に12棟の「家」がある。狭い桟橋を渡ること自体を楽しませ、その先への期待感を抱かせる演出だ。
それぞれのエキシビションハウス自体は決して大きくはなく、むしろミニマルに要素をそぎ落とすことでコンセプトを明快に表現している。外観もほとんど白木か無彩色で、見た目の派手さはない。その分、中に入るとそのスケール感は等身大で、そこで提案されている生活に想像力が膨らむ。
気負わずにコミュニティに参加させてくれる家
会場の中央通路にあるのは、無印良品と建築ユニットのアトリエ・ワンによる「棚田オフィス」。もともと無印良品が行っていた、房総半島南部の釜沼集落との関わりから始まったものだという。農村の例にもれず高齢化の進む集落に、田植えや稲刈りの時期を中心に都会からの人手を集めるイベントを開催、その延長上でパソコン1台とネットワークがあればできる仕事を持ち込めるようにして、農作業とリモートワークを同時にできる「家」を提案した。
稲作は単なる経済活動ではなく、田と用水は日本の風景を作り、稲藁は生活用品から正月の注連縄にまで生まれ変わって文化を担ってきた。その生活文化を絶やさず、その風景の中で仕事のできる場をつくるアイデアだ。会期終了後には現地への移設が決まっている。
無印良品とアトリエ・ワンによる「棚田オフィス」は、柱と梁を強靱に組む「SE工法」によって、ミニマルな構造材だけの小屋でも強度を確保している
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「棚田オフィス」の2階ではWi-Fiを使って開け放った窓から田園を眺めながら持ち込んだパソコンで仕事ができる。都市と農村の二拠点生活を構想する
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Airbnbと建築家の長谷川豪氏が吉野杉で知られる奈良県吉野町の協力を得て作った「吉野杉の家」も、会期後の行き先が決まっている。吉野杉とヒノキをぜいたくに使って作られた、縁側と小屋裏だけの小さな家。来訪者が泊まるための家であり、地元の人がふらりと立ち寄って縁側でひと休みできる家だ。観光客が到着してがらりと戸を開けると、地元のコミュニティーがもうそこにある。泊まっている来訪者が通りかかった地元の人にお茶を出して、地元の話を聞ける場でもある。そこではホストとゲストの関係がぐるりと一回転している。
杉とヒノキのよい匂いがする家は、いったん吉野町で建てられたものを解体し、吉野杉を熟知した地元の大工が東京の会場まで来て組み上げた。会期が終われば「里帰り」して実際に民泊施設となり、11月からはAirbnbを通して予約できるという。
Airbnbと建築家の長谷川豪氏による「吉野杉の家」は交流のための縁側と、来訪者が泊まるための小屋裏だけで出来た「家」。奈良県吉野町の協力で実現し、会期後は吉野町に移築されてAirbnbに登録される
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「吉野杉の家」の1階は、地域の人々に開放されたコミュニティースペース。お母さんが子供を遊ばせながらおしゃべりしたり、散歩の途中のお年寄りがひと休みしたりできる場所となる
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「外から冷蔵庫が開く家」から「電波の屋根」まで
会場に入ってすぐにあるのは、「冷蔵庫が外から開く家」。ヤマトホールディングスと、プロダクトデザイナーの柴田文江氏のコラボレーションだ。一戸建ての家の、外壁と一体化した収納(その一部は冷蔵庫)が外からも内からも開けるようになっており、食品からクリーニングまで、宅配便の受け取りが留守中でもスムーズにできる仕組みだ。業者の対応だけでなく、家に荷物を出し入れする「もうひとつの出入り口」ができることによって、家族の行動も変わる。
ヤマトホールディングスとプロダクトデザイナーの柴田文江氏による「冷蔵庫が外から開く家」のコンセプトは2015年のシンポジウムの中から生まれた
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パナソニックが建築家の永山祐子氏と組んだ「の家」は、IoTを徹底活用することで家を「モノ」ではなく「コト」の場に変貌させる提案だ。家自体は徹底して軽く、シンプルな膜のような壁に還元され、その白い壁がすべてスクリーンとスピーカーを兼ねる。この大スクリーンを介してスポーツ観戦や家族や友人との連絡はもちろん、家にいながら専門医の診療を受けられたり、海外にあるショップの服をバーチャルで試着して購入したりできる。
パナソニックと建築家の永山祐子氏による「の家」のキャッチフレーズは「モノで満ちる家から、コトで満ちる家へ」。IoTを通して実現される、身軽で豊かな生活を描いた
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大東建託と建築家の藤本壮介氏による「賃貸空間タワー」は、賃貸住宅の再定義に取り組んだ力作。プライベートと共用を新たに分け直したのがポイントだ。これまでの常識とは逆に、専有空間を最小化して生活の大部分を共用空間に持ち出すことでゆとりを生み出し、住人同士の自然な交流をつくり出すアイデア。ダイニング、キッチン、バスルーム、ライブラリー、テラスなどを共用空間に出し、そこにゆったりとしたぜいたくな生活の場をつくる。小部屋となったプライベートスペースは少しずつずらして配置され、その間を短い通路や階段がつなぐ様子は、南イタリアやギリシャの小さな街を思わせる。
大東建託と建築家の藤本壮介氏による「賃貸空間タワー」は専有空間を極小にして、広い共用空間に豊かな生活を実現する提案。細かい空間がランダムに配置され、さまざまな「場」を作り出す
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TOTOとYKK APが、建築家の五十嵐淳氏、家具デザイナーの藤森泰司氏とともに作った「内と外の間/家具と部屋の間」。放射状に配置された「窓」の中に、内でも外でもない不思議な空間が生まれる
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「内と外の間/家具と部屋の間」の外観。「出窓」の中には食事する場、くつろぐ場、眠る場などが備えられ、空間と一体化した家具がしつらえてある
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CCC(カルチュア・コンビニエンス・クラブ)と日本デザインセンター 原デザイン研究所(展示デザイン)、中島信也(映像制作)による「電波の屋根を持つ家」。遠く離れた家族同士が同時に会話できれば、そのバーチャルな場が家になる、という考え方は家の存在そのものからも自由だ
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異種格闘技で考えれば、家はここまで面白くなる
住まいは誰にとっても身近なものだが、それだけに常識をここまで取り払った形で家というものを体験する機会はめったにない。ハウスメーカーのカタログにある決まった形のものだけが家ではない──それをリアルに見て、中へ入って、体験できる展示だ。
何も考えずに12のエキシビションハウスに出入りし、あちこちのぞいたり、座りこんでみたりして体験するだけでも、子供のころに遊んだ「秘密基地」のような楽しさがある。未来の生活をこれだけ楽しく、身体で考えることのできる機会は貴重かもしれない。家が自由でよいということは、暮らし方も自由でよいということだ。
さまざまな業種、業界の交差点として、異種格闘技のような混沌こそが、「未来の家」の豊かさなのかもしれない。それは住む方にとっても、一国一城として立てこもるものではなく、身軽に周囲とつながり、広がっていくものでもあるようだ。
中央は凸版印刷と日本デザインセンター原デザイン研究所による「木目の家」。印刷とフィルム、センサーの技術を使った生活提案
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「冷涼珈琲店-煎」はAGFと建築家・長谷川豪氏による、中央通路にもうけられた“長い縁側”。腰掛けてのれんを吹き抜ける風を感じられる。会場には家や住まいに関連するものを中心に幅広い本を集めた「代官山 蔦屋書店」も出店。メーンスペースでは建築家らのトークショーが毎日開催される
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(文/井原恵子 編集/日経トレンディネット)
HOUSE VISION 2016
「CO–DIVIDUAL コ・ディビジュアル──
分かれてつながる/離れてあつまる」
2016年8月28日(日)まで 11~21時(最終入場受付 20時30分まで)
URL=
http://house-vision.jp/
会場:お台場・青海駅前特設会場
展覧会ディレクター:原 研哉
企画コーディネート:土谷貞雄
会場構成:隈 研吾
エキシビションハウス
[冷蔵庫が外から開く家] ヤマトホールディングス×柴田文江
[吉野杉の家] Airbnb×長谷川 豪
[の家] パナソニック×永山祐子
[棚田オフィス] 無印良品×アトリエ・ワン
[遊動の家] 三越伊勢丹×谷尻 誠・吉田 愛
[賃貸空間タワー] 大東建託×藤本壮介
[凝縮と開放の家] LIXIL×坂 茂
[市松の水辺] 住友林業×西畠清順・隈 研吾(会場構成)
[木目の家] 凸版印刷×日本デザインセンター 原デザイン研究所
[内と外の間/家具と部屋の間] TOTO・YKK AP×五十嵐 淳・藤森泰司
[グランド・サード・リビング] TOYOTA×隈 研吾
[電波の屋根を持つ家] カルチュア・コンビニエンス・クラブ×日本デザインセンター 原デザイン研究所(展示デザイン)・中島信也(映像制作)
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