山麓社「GALA セッション」(2万800円)。他にセッションモードのない「GALA スタンダード」(1万8000円)もある
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山麓社の「GALA」は、なんとも説明が難しい製品だ。見た目は木製のグリップ。よく見ると上部に2つのくぼみがあり、そこに小さな穴が開いている。振ると不思議な音がするのだ。振る速さや大きさで音の鳴り方が変わる。グリップのくびれた部分には三角のボタンがあり、ボタンを押すと、違う音が鳴る。ほぼ、それだけなのだけれど、振り出すとなんだかやめられない。
ガラガラでもあり、民族楽器でもある
GALAは、見た目は素朴な木工品だが、中はギッチリと電子部品で構成されている。しかし、操作系はボタンが一つあるだけだ。
収録されている楽器の数は12種類。西アフリカの「バラフォン」、トリニダード・トバゴの「スティールパン」、ロシアの「バラライカ」、スコットランドの「バグパイプ」、ラテンの「ギロ・マラカス」、沖縄の「三線」、欧州の「チェンバロ」、アラブの「カーヌーン」、インドネシアの「ガムラン」、キューバの「コンガ」、インドの「シタール」、ブラジルの「ビリンバウ」と幅広い。しかも、単に各楽器の音が鳴るだけでなく、その楽器で演奏される特有の旋律などが、GALAを振る大きさや速さに応じて鳴るようになっている。だから、ただ振っているだけでも、何だか演奏している気分になれるのだ。
「世界各地の、簡単には行けないような国の楽器の音を一つに集約して、0歳の子供でも気軽に体験できるようなプロダクトを作りたい、というところから始まった」と山麓社の代表、佐藤圭多氏が説明する。
ただ振るだけで、民族楽器を演奏している気分になれる。振り幅と速度をセンサーで感知している
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GALAは、要するにそういうモノだ。大人が振れば、旅情豊かな民族楽器図鑑的な面白さがあり、子供が振れば、ガラガラのようにも、楽器のようにも、振ればリアクションしてくれる相棒のようにも遊べる。
投げたりかじったりしても大丈夫な作り。無垢のメープル素材なので、幼児にも安心して遊ばせられる
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元キヤノンのデジカメチームが挑戦
これを作ったメンバーは、キヤノンのデジタルカメラを作っていた(または作っている)人たちなのだ。彼らが普段作っている工業製品とは違うベクトルの製品を、同じクオリティーで作ったのがこのGALAというわけだ。
山麓社のメンバー。左から、エンジニアの加藤貢太氏、メカニカルデザイナーの戸取祐樹氏、代表でプロダクトデザイナーの佐藤圭多氏、マーケティングの鵜瀞(うのとろ)悠氏、ソフトウエアエンジニアの坂本誠氏。加藤氏と佐藤氏はキヤノンで「EOS 5D MarkⅢ」などのデジカメを手掛けていた。
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「デジカメを作るのは、キヤノンという会社が積み重ねた歴史を受け継いでいく、という面白さがあった。僕は『EOS 5D MarkⅢ』という機種をデザインしたが、当然、MarkⅡがその前にある。だから、MarkⅡの持つDNAを受け継ぎながら新しいものを作る、というのがデザイナーの仕事になる。それで、受け継ぐべきものを捉えるためにMarkⅡや過去のデジカメを研究していると、それを作った先輩方が考えたことがモノを通して感じられる。それを感じながら新しい形を形作っていくという面白さがある」と佐藤氏。大手メーカーの工業製品を作る面白さは別にある。しかし、今回GALAでやりたかったことは、それとは大きく違うものだという。
「GALAの場合は、まずモノを存在させることから考える。体験を考えて、そこから必然的にできるものを作る作業。こういうことはメーカーの中だとなかなかできない作業なので、最初は難しかった」と佐藤氏。それは今までやっていたこととは反対のベクトルだからだ。
「今の工業製品は、課題を解決するためにあるというか、そのために作るようなものだが、GALAは課題を何も解決しない。むしろ、問いを発するみたいなもの。そういうものを作ってみたいと考えていた」(佐藤氏)。確かにGALAは素材が木で、樹脂部分は表に一切露出しない。カメラとは全く違う製品だが、実際に使っているとなんとなくカメラのDNAを感じるから面白い。
一つは、昔のカメラのオプションにあった木製グリップと似ていること。「カメラのデザイナーは、グリップのデザインをなん百通りも検討する、いわば握りやすさの専門家でもあるのだ」(佐藤氏)。
“楽器玩具”の完成
また、カメラといえば旅の必需品で、そこも旅という点にフォーカスした製品であるGALAとの共通点だ。楽器とカメラというのも、古くからの大人の趣味の道具だし、カメラもGALAも古くなったからといって捨てるようなものではない。どちらも旅の記憶を喚起する道具でもある。そういう大きな視点で見たときの両者の共通点は面白い。
「もともとメンバーが旅好きで、旅に行くとその国の楽器を買ってくる癖がある。民族楽器は演奏方法がよく分からなくても、適当に鳴らしていると異国に連れていってくれるようなところがある。それをウチの子供がたたいているのを見ると、音で何か表現したいという気分は0歳児にもあるに違いないと考えた」と佐藤氏。佐藤氏は、GALAを“楽器玩具”と呼ぶが、それは楽器を作りたかったわけではなく、どこかの民族楽器風の何かを作ろうとしたのだそうだ。
そのため、製品としては、振るだけで楽しめるインターフェース、子供がかじっても大丈夫な木製の握りやすいもの、民族楽器の音が楽しめるもの、という条件をクリアする必要があった。
木製のボタンがボディーの曲線に合わせて加工されている。この凝り方がすごい
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音は、実際の楽器の音をサンプリング。プロの演奏家に相談し、鳴らしやすい音の順番まで考えるなど、かなり細かく作り込んでいる。だからこそ、つい、いつまでも振ってしまう心地良さが生まれる。また、ガムランなどいくつかの楽器の音は、開発メンバーが実際に現地で購入した私物を使っているのだ。
工業製品としても、かなり特殊な作業になった。本体の握りやすい曲線とサイズ感、本体のつなぎ目のネジも木に彫るという木工技術の精密さ、ボディの曲線に合わせた木製ボタンの加工など、やっていることは木工工芸品レベルなのだ。効率が悪いが、だからこそ大手メーカーでは真似できない。また、木製だから、電子音として発せられる楽器音が柔らかく反響して聞こえるのも魅力のひとつだ。「手との会話を考えた」(佐藤氏)というだけのことがある出来なのだ。
接合部も木を削ってネジを作っている。反対側は樹脂で、木と樹脂がネジで留まるという、この工作精度の高さに感動する
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内部は乾電池ボックスと電子基盤。このサイズの中に基盤を収納するように設計するのに苦労したそうだ(写真は試作品)。電池は単4乾電池2本
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上部に小さな穴が開いている。ここから音が鳴る
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そして、GALAには電源のオン/オフスイッチがない。強く振ると自動的にオンになり放っておくと電源が切れる。0歳児でも遊べることを意識した仕様も、簡単ではなかったという。
「結局、電源オフの状態から、振られたことを感知する電源オン用のセンサーを入れる必要があった」とエンジニアの加藤貢太氏は言う。また、この製品にはUSB端子が似合わないということ、また、世界中で使ってほしいということから乾電池駆動にしたという配慮も、電子楽器とアコースティック楽器の境界をまたぐ発想で面白い。それだけに、「木と基盤の接合部や、基盤をこのサイズに収めることなど、苦労がとても多かった」(メカニカルデザイナーの戸取祐樹氏)そうで、メンバーも話しながら当時を思い出して顔をゆがめるほどだった。
民族楽器の出身国のことも学べるパスポート付き
「大量生産、大量消費の対極にある素材として、また経年変化して味わい深くなる素材としての木を使いたいと思い、いろいろ探した結果、楽器にも使われているメープルになった。今、GALAで遊んでいる自分の子が大人になったときに、これを持って海外旅行に行ってほしいと思う」と佐藤氏。
「実際、外で遊ぶと面白い。登山でポケットに入れておくと勝手に鳴り出したりして、子供が喜ぶ。ガムランとか鳴らすと、熊よけになっていたりするかもしれない(笑)」と鵜瀞氏。
GALAは楽器としても面白いが、パッケージングも面白い。製品には「GALA国旅券」という小冊子が入っていて、これがパスポート風になっている。収録されている楽器の説明と、その国の特徴がカラーイラスト付きで掲載されているのだが、その他に写真を貼る身分証明のページがあったり、渡航先を記入するページがあったりと、旅とGALAをつなぐ工夫がなされているのだ。
付属のパスポート風小冊子
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イラストと文章で簡潔に楽器の解説と、その国の特徴、文化などが書かれている。ここに書かれている順番でボタンを押すと、楽器の音が切り替わる
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GALAには、「GALA スタンダード」の他に「GALA セッション」がある。こちらは単に楽器を鳴らすだけでなく、セッションモードが搭載されている。これは、ギロ・マラカス、シタール、三線の3つの楽器について、伴奏付きで演奏が楽しめるモード。
例えば、インドの太鼓であるタブラがループ再生されるうえで、GALAを振ってシタールを鳴らしたり、マンボの名曲に合わせてギロ・マラカスを振ったり、という具合。ちょっとしたゲーム性もあるが、それ以上に「例えば、シタールの演奏にはタブラが付き物なので、そういう部分も楽しんでもらいたかった」(加藤氏)という思いから付いた機能だそうだ。そして、これがまた異様に楽しい。やはり合奏の面白さというのも、民族楽器の重要な要素だ。
写真のようなさまざまな試作の末に現在の形に決まった。こけしにも似ている
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(文/納富廉邦)
[ 日経トレンディネット 2018年7月3日付の記事を転載]
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