リオ五輪後にジカ熱は拡散する? 予防法は?
医学博士 大西睦子のそれって本当? 食・医療・健康のナゾ
食、医療など健康にまつわる情報は日々更新され、あふれています。本稿では、現在米国ボストン在住の大西睦子氏が、ハーバード大学における食事や遺伝子と病気に関する基礎研究の経験、論文や米国での状況などを交えながら、健康や医療に関するさまざまな疑問や話題を、グローバルな視点で解説します。
リオデジャネイロ五輪を前に、米国ではジカ熱に対する不安が広がっています。そんな中、世界保健機関(WHO)が発表した声明に、賛否両論が沸き起こっています。
今回は米国でのジカ熱や蚊が媒介する感染症対策について、解説します。
WHOは「五輪後にジカ熱拡大の可能性は非常に低い」と発表
蚊を媒介とするジカウイルス感染症(ジカ熱)が、中南米を中心に急速に拡大。2016年8月のリオデジャネイロ五輪が近づくにつれ、米国ではジカ熱の拡散に対する不安が高まっています。米疾病管理予防センター(CDC)の報告では、現在、米国内での発症例はありませんが、流行地域への旅行で、755人(2015年1月1日~2016年6月15日)の米国人が、ジカ熱に感染しました。また、厚生労働省によると、米国と同じように日本では国内での発症はありませんが、今回の流行地域への旅行で7例のジカ熱感染者が報告されています。
そんな中、世界保健機関(WHO)が6月14日、「リオ五輪開催後に、ジカ熱が拡大する可能性は非常に低い」という声明を発表しました。ただし、ジカ熱は小頭症の原因となるため、WHOは妊婦の渡航は控えるよう呼びかけています。
WHOの声明に対して、専門家が活発に議論
ではジカ熱によるリスクはどうでしょう?
CDCとハーバード大学の研究者らは米国の医学雑誌「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン」で、妊娠初期にジカ熱に感染したことが原因で小頭症の赤ちゃんが生まれるリスクは、妊娠初期の感染で1~13%だと報告。
また、仏パスツール研究所の研究者らはジカ熱が成人のギラン・バレー症候群(筋肉を動かす運動神経の障害により急性の運動まひを起こし、手足に力が入らなくなる病気)の原因となるという研究報告を、英国の医学雑誌「ランセット」で発表しています。ただし、ジカ熱によるギラン・バレー症の発症は、推定1000人に0.24人で、可能性は低いと考えられています。
こうしたリスクがあることから、WHOの声明に対しては専門家が、ニューヨークタイムズ紙などで、賛否の議論を活発に繰り広げています。
ただし、WHOは無策でも感染拡大の可能性は低い、といっているわけではありません。それぞれの国が旅行者の身を守るために、「ジカ熱感染のリスク、個人的な予防手段、感染の疑いがある場合にするべきこと」を十分に知らせるべきだと指摘しています。しかもそれぞれの国が「WHOの指針に基づいて、ジカ熱に感染した帰国者を管理するためのプロトコール(手順)を確立すべき」としています。
ジカ熱に感染した男性との性行為で、感染しうる
CDCは、ジカ熱の予防のために、現時点では下記のことが分かっているとしています。
[1]ジカ熱を予防するワクチンはない(特定の治療法もない)
[2]ジカ熱の予防は、ウイルスを保有した蚊に刺されないこと
[3]ジカ熱を拡散させる蚊(主にヤブカ属の「ネッタイシマカ」や「ヒトスジシマカ」)は主に日中に吸血する
[4]ネッタイシマカやヒトスジシマカは、ジカ熱だけではなく、デング熱とチクングンア熱も媒介する
[5]ジカ熱に感染した男性との性行為で、パートナーもジカ熱に感染しうる
ジカ熱を媒介する蚊、日本ではどこにいる?
ネッタイシマカは、現時点では日本には分布していないとされています。一方、国立感染症研究所の研究者らによると、ヒトスジシマカの分布の北限は1946~1948年ごろは栃木県北部とされていましたが、その後徐々に分布域をさらに北へと拡大。現在では秋田県や岩手県にまで広がっているといいます。ヒトスジシマカは、墓地、公園、竹やぶや雑木林に生息しています。幼虫は、古タイヤ、バケツ、墓地の花立て、空き缶などに発生します。
25m離れていても人の居場所が蚊には分かる!?
米国蚊防除協会(American Mosquito Control Association)によると、蚊は、4億年も昔から知られています。蚊は、獲物の動き、赤外線(体温)、乳酸(汗)、二酸化炭素(呼吸)を25~35mまで検知します。そして、5百万分の1リットルの血を吸います。蚊の重さはたった約2.5mgですが、1時間に約1~1.5マイル(1.6~2.4km)を飛ぶことができます。特に体格の大きな人はCO2や乳酸を多く生産するため、蚊にとって魅力的なターゲットになります。白などの明るい色の服よりも、黒など濃い色の服に引き寄せられる蚊もいます。
■参考文献
American Mosquito Control Association「
Fun Facts」
長袖シャツに長ズボン、虫除け剤の使用で予防
そして、CDCは以下のように、蚊に刺されないための手順を示します。
[1]長袖シャツと長ズボンを着用する(暗い色の服は避けて明るい色の服を着る)
[2]蚊が室内に入らないように、窓やドアを閉めてエアコンを利用する
[3]蚊の卵を除去するために、週に1度、花瓶や植木鉢の受け皿から水を捨てる
[4]蚊は中庭の家具の下などの暗い、湿気の多い地域で休む。ラベルの指示に従って殺虫剤で蚊を退治する
[5]海外旅行など、自宅のように蚊が予防できない場所で過ごすときは、蚊帳を利用する
[6]自分に適した虫除けを探す
男性がジカ熱と診断されたら6カ月間は性交渉をしない
さらに、ジカ熱が拡大しないように、以下の警告もしています。
【1】流行地域に旅行する男性で、パートナーが妊娠中の場合、性行為にコンドームを正しく使用する。男性がジカ熱と診断された場合、カップルはコンドームを使用するか、症状開始後少なくとも6カ月間は性交渉をしないことを検討する必要がある。男性がジカ熱の発症がない場合、カップルはコンドームを使用するか、男性が帰国した後、少なくとも8週間は性交渉をしないことを検討する必要がある。
【2】流行地域から帰国後は、感染症の症状がない場合でも、3週間はジカ熱の拡散を防ぐために、蚊に刺されないように注意する。
【3】蚊がいる地域に住んでいる人は、蚊帳、虫除け、そしてコンドームなど独自の感染予防キットを備える。
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蚊は地球上の他の動物より、多くの人類を殺している
ところで、蚊が媒介する感染症の予防は、もちろんジカ熱だけではありません。これは米国の公衆衛生上、ますます大きな課題になっています。CDCのトム・フリーデン所長がCNNの取材に対し、「蚊は地球上の他の動物より、多くの人類を殺しています」と答えたほどです。またビル・ゲイツ氏は自身のサイト「Gates Notes」上で、「世界で最も致命的な動物リスト15」を公表しましたが、これによれば1年間でサメは10人、ライオンや象は100人の人間を殺し、人間は殺人や戦争で47万5000人の人間を殺していますが、なんと蚊は、72万5000人の人間を殺しているというのです。巨大な象より小さな蚊のほうが、人類にとってははるかに脅威なのです。
またWHOは21世紀における世界の公衆衛生上の脅威こそが感染症であり、地理的に歴史上のどの時代よりもはるかに速く、世界に広がっていると指摘。これは移動手段の発達によるもので、2006年には約21億人が飛行機で旅をし、世界のどこかで流行している感染症が、わずか数時間でどの国でも脅威となりえるといいます。また広がるスピードが早くなっただけではありません。感染症はこれまで以上に、発生率が上がっています。1970年代以降、新たな感染症が前例のないスピードで生まれ、ひと世代前には知られていなかったような感染症が40も出てきているのです。
グローバル化、都市化や地球温暖化によって、私たち誰もが蚊が媒介する感染症のリスクにさらされています。2014年に日本でデング熱が流行したことは、記憶に新しいですよね。そして2016年はジカ熱の脅威です。北半球に暑さが戻ってきて、日本でもジカ熱の感染が拡大する十分に危険はあります。
先日「日本の虫除け剤の効果持続時間は短すぎる!?」という記事でも紹介しましたが、日本製の虫除け剤は海外製に比べると、ディートやイカリジンなどの虫除け成分の濃度が低いため、効果の持続時間が短いことが知られるようになってきました。そんな中、2016年6月21日、ジカ熱やデング熱などの感染症を媒介する蚊やダニの対策のため、厚生労働省は有効成分の濃度を高めた虫除け剤の製造販売の申請を早期審査の対象にすると公表しました。早ければ9月末までには承認されるとのこと。現状、ディートが12%以下、イカリジンが5%以下となっていますが、これをディートは30%、イカリジンは15%まで濃度を高めた製品が承認されることになりそうです。
こうした虫除け剤を利用しながら、まずは個人ができる予防は徹底したいですね。
筆者:大西睦子(おおにし・むつこ)
医学博士。東京女子医科大学卒業後、同血液内科入局。国立がんセンター、東京大学医学部附属病院血液・腫瘍内科にて、造血幹細胞移植の臨床研究に従事。2007年4月より、ボストンのダナ・ファーバー癌研究所に留学し、ライフスタイルや食生活と病気の発生を疫学的に研究。2008年4月より、ハーバード大学にて、食事や遺伝子と病気に関する基礎研究に従事。著書に『カロリーゼロにだまされるな――本当は怖い人工甘味料の裏側』(ダイヤモンド社)。
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