あったな、logって

高橋: よく「数学は美しい」って言うじゃないですか。数学が好きな人たちって何をもって美しいと言っているのか、よく分からなくて。例えば中学校、高校ぐらいで学ぶような数学の内容にも美しさってあるんですか。

堀口: いい質問ですね。高校までの数学って、テクニックの集合体なんですよ。そもそも美しさを求めてないんです。だからわれわれが学んできた数学で「美しい」という言葉がぴんとこないというのは当然の話です。ただテクニックを学んでいるだけですから。

高橋: なるほど。

堀口: どういったことを「美しい」というのかは、数学的世界観を体感することで理解できるかもしれません。その世界観がちょっとのぞき見えるような数式を2つだけ説明しますね。3分の1って0.3333……ですよね。

高橋: はい。

堀口: じゃあ、これを3倍しますね、両辺。そうすると、左の辺の数字はいくつになりますか。

高橋: 1。

堀口: ですね。右の辺の数字も1ですよね、当然。1=1じゃないですか。

高橋: なりますね。

堀口: だけど、この右辺を3倍するわけですよね。小数点以下のこの一つひとつを3倍するわけだから、0.9999……が正解なんですよ。ということで、実は1というのは0.999……のことだったんですね。私は小学生くらいのときによく1に近い限りなく大きい数として0.999……とか言っていたんですけど、0.999がずっと続いちゃうと1になっちゃうんですよ。これが無限の恐ろしいところなんですね。0.999……が無限に続いちゃうと1になって、どこかで9が止まると1ではなくなるんです。

高橋: そうか。無限だからな、なるほど。

堀口: この数学的世界観が垣間見えてくると、数学に美しいという概念が生まれてくるわけですよ。なんだこれは、と。それから、これまで想像していなかった分野がつながることがあるんですよ、数学って。素数って分かりますよね。

高橋: 分かります。

堀口: 素数というのは1とそれ自身以外約数を持たない数のことを言うんです。2、3、5、7、11、13、17、19、23……と続いていくんですけど。この素数の個数が何個なのか。実は無限にあることは証明されているんですよ。無限個ありますと。

高橋: 無限個。

堀口: これ自体もちょっと面白いんですけど、素数の個数が無限個と言いましたが、どのくらいの割合なのか考えてみましょう。

高橋: 割合? ああ、この先、何個のうち何個出てくるかみたいな。

堀口: その通りです。例えば、1から20までの20個の自然数の中で、素数は2、3、5、7、11、13、17、19の8個ですので、20分の8は素数といえます。一方、101から120までの数字で考えると、素数は101、103、107、109、113の5つになり、20分の5が素数といえます。この素数の割合を求めるのに、log(ログ)という数式が出てくるんですね。ある数xの周辺で素数である確率はざっくりlog x分の1であることが分かっているんですよ。

高橋: log、あったな、logって。

堀口: 例えば、log 10=2.3なので、log10分の1は、1/2.3=0.43です。これは、20分の8(=0.4)に近い数字になっています。また、log 110=4.7なので、log 110分の1は1/4.7=0.21で、これは、20分の5(=0.25)に近い数字になっていますね。こういうふうにlogが使われるんですけど、素数とlogは一見何の関係もないんです。だけど今まで自分が学んでいた素数の個数という世界と、なぜか知らないけどlogというものが出てきて、何か高校のときに学んだなと。こういうものが何か知らないけどつながっているわけですよ。ここで初めて数学的世界観の恐ろしさが見えるわけですよ。こういうのが数学には山ほどあります。とんでもなくある。

高橋: 答えは分かっても、それを証明するためにどうするか。証明するところの奥深さというやつですよね。

堀口: そうですね。証明するところの奥深さもあります。そういうもののとりこになって人生を棒に振るという人がたくさんいます(笑)。ところで、素数の割合に関する問題で、リーマン予想という有名なものがあります。証明したら100万ドルもらえるくらいの難問なんです、実は。

高橋: 何かちょっと、だんだんときめいてきた(笑)。

堀口: 本当ですか。

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高橋: クイズとかパズルとか好きなんですよ。分からないものって何日も考えてしまって。そういう感じで、「証明したい」と思う数学者がいるわけですよね。

堀口: 誰かが言っていましたね。「すべての数学者はロマンチストでなければいけない」とか。

高橋: できるかどうか分からないものに挑むわけですよね。この教室にも「数学の美しさを知りたい」という動機で来る人もいるんですか。

堀口: 実はいるんですよ。「リーマン予想を取りあえず理解したい」という人が。これをちゃんとやろうとすると、かなり難しい数字がいっぱい出てきます。「リーマン予想を理解できたらもう死んでもいい」と思っている人はいっぱいいますよ(笑)。

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