「∞(むげん)プチプチ」などのヒット商品を生み出した高橋晋平氏は「TEDxTokyo」に登壇するなど、企画・アイデア発想の名手としても知られる。その高橋氏が世の中で話題となっている“トンガリ商品”をピックアップし、開発者に直撃。企画の源泉とアイデアの“転がし方”を探っていく。
「大人のための数学教室 和(なごみ)」を運営する和からの堀口智之社長との対談(対談前編はこちら→日経トレンディネット配信記事「『大人の数学教室』が大人気、微分・積分は超簡単?」)。堀口氏が考える「数学の美しさ」とは? 堀口氏が数学関連のビジネスに力を入れる理由にも迫る。
「自分が数学教室に通っている」って他人には言いたくない?
高橋: ところで、どうして数学教室を始めようと思ったんですか。
堀口: テレビのニュースで「大人向けの数学がはやっている」というのを見たのがきっかけの1つですね。2008年くらいだったんですけど。
高橋: そんなニュースがあったような気がしますね。
堀口: それで、今でも「大人向けに数学がはやっている」というのがニュースでやっているわけですよ(笑)。
高橋: 「ひそかなブーム」というやつでしょう。
堀口: 当時はそういうニュースがあって、そこからインスピレーションを多少いただきました。あとはたまたま、自分ができることを考えたら、やっぱり「数学」だなと思ったんです。
高橋: 大学でも数学を専攻していたんですか。
堀口: 大学では物理専攻だったんですよ。ただ数学科の授業にもこっそり出ていたので、数学も一緒に学んでいましたという感じですね。
高橋: 大学を出てから起業するまでは、何かお仕事をされていたんですか。
堀口: 僕は山形大学の出身なんですが、卒業後は横浜に出てきました。そこで特に何をやるわけでもなく、就職する気もなかったので、とりあえずアルバイトを始めたんです。
高橋: 就職先が決まっていたというわけではなく?
堀口: ノープランで。当時は起業についても考えていなかったし、就職するつもりもなかったので。その頃は「自分らしく生きよう」とずっと思っていたんですよ。学生時代から合わせると、20種類くらいのバイトを経験しましたね。
高橋: 20種類。
堀口: ファストフードとか、弁当店、コンビニ数社、家庭教師、塾業界5社とか。あと、引っ越しや家の解体工事と、新聞の営業もやりました。
高橋: 面白いですね。
堀口: いろんな仕事を経験したんですが、「なかなか自分らしく生きられないな」と感じていたんですよね。でも当時から「何かをやり始めたら自分は絶対うまくいく」と信じていました。たまたまコーチングの勉強をする機会があって、コーチングでご飯を食べようと思ってビジネスを始めたこともあります。結局、全然だめで、売り上げが2000円みたいな感じだったんですけど。その後、別のビジネスで起業しようとしたこともあったんですが、なかなかうまくいかず……そんなときに、「大人の数学がはやっている」というニュースを見たんですよ。
高橋: 「あ、数学を教えてみようかな」と。
堀口: そうそう。ちょっとやってみようかなと。でも数学で起業できるとは思ってなくて。なぜかというと、すでに世の中に数学塾がたくさんあったから。だから自分がやる必要はないと思っていたんですね。
高橋: それは大人向けの数学塾だったんですか?
堀口: いや、子供向けです。「塾といったら子供向け」と思い込んでいたんですよ。誰しもそう考えると思うんですけど。マーケティングのプロに大人向けの数学教室をやりたいと相談に行ったこともありましたが、「それ、誰が来るんですか」とけげんな顔をされました。
高橋: それ、ビジネスのあるあるネタですよね。評論家的な人やマーケターに正論で諭されてショックを受ける。会社内でもありますしね。成功する裏付けを持って示さないと通じないという雰囲気。
堀口: 100人にアンケートを取って、「大人向けの数学教室をやろうと思っているんですが、通いたい人はいますか」と質問したら、たぶん誰も行きたいとは言わないんじゃないかと思ったんですよ。だけど1000人に1人とか1万人に1人くらいがものすごく興味を持ってくれれば、その人は来てくれるんじゃないかと。1人が1万円とか10万円くらいを使ってくれるのであれば、少なくとも自分1人分くらいの稼ぎは確保できるかなと思ったので、起業しました。
高橋: 勝算というか、少なくとも仕事としては成り立つだろうという確信はあった?
堀口: ありました。
高橋: ちなみに1万人に1人とか1000人に1人みたいな話ですけど、そこにも数学は生かされているんですか。
堀口: 計算は一応していました。インターネット質問サイトに寄せられた「大人向けの数学塾はないんですか」という質問件数を調べたんです。そうしたら、15件くらいあったんですよ。過去に掲示板で15回くらい質問されていますと。さらに月間検索数というのを調べてみたら「大人 数学」などのフレーズで検索している人が2000件見つかったんですよ。検索する人って相当ニーズが強い人だと思いますし、間違いなく大人向けの数学塾に通いたくて探している人しか検索しないワードではないかと。なので、2000人のうち少なくとも1%の20人が毎月通ってくれるのなら、これはビジネスとしていけるなと思ったんです。
高橋: 面白いですね。数学のビジネスを立ち上げるために数学で裏付けを取った。
堀口: そうですね。でも、始めようと思ったものの、お金がなくて。10万円くらいしか持ってなかったんですよ。オフィスも持ってないですし、ウェブサイトを作るのに30万円かかると言われたので、「1カ月引きこもって自分で作ったらいいんじゃないか」と。その頃のひと月の生活費が7万円くらいだったから、1カ月仕事をしないで自分で作ったんです。授業も、オフィスも借りずに、喫茶店でやったり。
高橋: 場所代もかからないんですね。そこからどういうふうに、ひと月に数百人の生徒が来るようになったんですか。口コミとか?
堀口: 現在の生徒数は400人くらいなんですが、口コミではなくて、主にネット検索ですね。ウェブサイトを作って4カ月目くらいには20人くらいの生徒さんが来てくれるようになっていたんですよ。口コミではここまで広がらなかったと思う。なぜかというと、つながってないんですよ、そういう人たちって。学びたいと思っているけど人に相談できないので。通っている人も「自分が数学教室に通っている」って、あまり人には言いたくないんじゃないかと。
高橋: 僕はいろいろな商品を作っているんですが、例えば数をいっぱい作る商品ってどれだけのニーズがあるかということを見がちで。広く流通できるほうがいいんじゃないかとか、数が多いほうがいいみたいな発想から抜けられないんですよね。ユーザーも多いほうがいいと思うんですよ。だってそのほうがヒット感はあるじゃないですか。みんなが知っているとか。口コミで広がるネタがいいとか。
堀口: うんうん。
高橋: だから「口コミでは広がらない」と堀口さんが言い切っているのが斬新だなと思って。
堀口: 始める前は「趣味で学びたい人とかが来てくれたらいいな」と思っていたら、意外と仕事ニーズや資格対策ニーズが高いとか、そういうのがいろいろ分かってきたんですよ。大学の教授や医師も結構通ってくれているんですよ。あ、みんな数学を必要としているんだなと、自分でもあらためてびっくりしています。
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