当時の興奮を体験できた人がうらやましい
滝口悠生さんは、2011年「楽器」で小説家としてデビュー。2016年には、「死んでいない者」で第154回芥川龍之介賞を受賞するなど、現在注目の作家の一人だ。そんな滝口さんには、「ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンス」という作品もあり、音楽への造詣の深さが感じられる。ミュージシャンではない小説家にザ・ビートルズが与えた影響とはなんだったのか?
「20歳くらいの頃、昔の音楽をさかのぼったときにジミ・ヘンを聴いて衝撃を受けたんです。小説というのは、なにか元になるものがあって出来上がっていくのではなく、複合的な要素で場当たり的にできることがあるので……。『ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンス』のタイトルも最初から決めていたわけでなく、書き進めていくうちに、ジミ・ヘンのことが出てきたし、実は後付けなんです」
ザ・ビートルズとの出会いは? との問いに「先に聴いていたのはストーンズでした」と話す滝口さん。高校生の頃に出たベスト盤『ザ・ビートルズ1』が最初の“ビートルズ体験”だったようだ。ザ・ビートルズを聴くと、「それまでなかったことが起こった」のではと感じるという。その後、20歳を境にしてザ・ビートルズの中期から後期にかけての作品を好んで聴くようになる。
「新しい作品を手に取る興奮というのは、ザ・ビートルズに関しては特別なものがあったんだろうと想像するんです。今では知っている曲ですが、やはり“最初に行われた”という部分はすごくて、そのフレッシュさというのは曲に宿っている感じはあります。『サージェント・ペパーズ』などで行われていることは、今のミュージシャンがそれ以上のテクニックで行っているのでしょうが、最初に行われたという手触りはどこかに残るんだと思います」
ロックをさかのぼったときに出会うザ・ビートルズという存在。当時の人たちがどれほど“最初に行われた”ことに興奮したのかは計り知れない。1982年生まれの滝口さんにとっては、曲を聴いて追体験するしかない。追体験では味わえない興奮をリアルに体験した人を「うらやましい」とも。
「『サージェント・ペパーズ』は、画期的だったんだろうなと。それは、時代とも強く結びついているんだと思います。ビートルズの初期の頃はわりと純粋な音楽的な喜びだったのが、音楽やロックというものの意味する範囲が、音以外の思想的・宗教的なことも含めてどんどん広がっていって、そこも音楽になっていく。そういうこともロックバンドができるということをザ・ビートルズが示した。当時聴いていた人もそういう驚きをもって聴いていたんでしょうね」
追体験を重ねた結果なのだろうか、自分が生まれる前の音楽を作品に登場させることが多い滝口さん。歌詞が引用されるのはもちろん、登場人物がある場面である曲を思い出すといったシーンも目立つ。
「歌詞の引用や、曲名を書いてそれが流れているという場面を描くと、別の時間やストーリーといった別の軸が生まれるんです。歌詞は、その小説とは全く関係なくそれ以前に存在しているので、そこで書かれている文章とはかかわりのないものとして、重ね合わさる多層化という面白さがあります。しかも、それがだれもが知っている曲だと、音としてもそれが小説に入ってくる」
ザ・ビートルズは、ボーカル、ギター、ベース、ドラムという基本要素に、別の楽器や効果音などを追加することで作品を多層化。これが次々と名曲を生み出した。一方、小説に音楽を持ち込み、作品を多層化する滝口さん。音楽と小説――ジャンルは違うが作品を多層的にしたいという思いではつながっているのかもしれない。
(取材協力/寺西芝=日経グッデイ、文/渡貫幹彦=日経トレンディネット)
[日経トレンディネット 2017年6月2日付の記事を転載]
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