インフラ整備のあり方を変えた「マイクロセル」の先駆者

 そうしたPHSの強みを支えたのが、「マイクロセル(小出力)基地局」だ。そして、ウィルコムのマイクロセルの活用は、現在の携帯電話のインフラ整備のあり方に非常に大きな影響を与えているのだ。

 音声通話が主流だった時代は、端末当たりの通信容量が小さかったことから、携帯電話の基地局設計は主に、1つの基地局で数百メートル以上の幅広いエリアをカバーする「マクロセル基地局」だった。一方、PHSは携帯電話よりも電波の出力が弱く、数十メートル程度の狭い範囲しかカバーできないマイクロセル基地局しか展開できなかった。それが「PHSはカバーエリアが狭い」というイメージを作り上げる大きな要因となっていたのだ。

 そこで、PHS事業に最も熱心だったウィルコムは、マイクロセル基地局を多数設置することでエリアを広げ、その弱点をカバーする戦略に出た。このことが音声通話からデータ通信へとユーザーの利用がシフトするのに従い、大きなメリットを生み出すようになった。

 なぜなら、マクロセルでは、多くのユーザーの通信が1つの基地局に集中してしまうため、基地局に大きな負荷がかかり、通信速度が遅くなってしまいがちだ。しかし、多数の基地局を置くマイクロセルならば、ユーザーの通信が複数の基地局に分散しやすいため、基地局当たりの負荷が小さくなり、快適な通信速度を維持しやすくなる。こうして通話定額や定額データ通信など基地局に負荷がかかりやすいサービスを支えていたのである。

 PHSのマイクロセルの活用が、高速データ通信へのニーズが高まった携帯電話の基地局整備のあり方を大きく変えたのだ。実際、現在主流の4Gのネットワークでは、マクロセルと多くのマイクロセルを組み合わせて設置することで、接続性の確保と負荷の分散を両立し、快適な通信を実現している。

ウィルコムの資産を一部引き継いだソフトバンク傘下のWireless City Planningは、ウィルコムのマイクロセル基地局資産を活用してTD-LTE互換のAXGPネットワークを構築。「Softbank 4G」として活用されている。写真は2012年1月18日の同社AXGPサービス説明会より
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 PHSはすでに古い通信方式であり、モバイル通信においても主流となることはできなかった。そのため、役目を終えるのはやむを得ないことだろう。しかし、PHSの長所を生かし、弱点をカバーしながら事業を継続してきた企業の工夫と努力により、20年以上にわたって業界に大きな影響を与え続けてきたことは決して忘れないでほしい。

筆者/佐野正弘(さの・まさひろ)氏
 福島県出身、東北工業大学卒。エンジニアとしてデジタルコンテンツの開発を手がけた後、携帯電話・モバイル専門のライターに転身。現在では業界動向からカルチャーに至るまで、携帯電話に関連した幅広い分野の執筆を行う。

日経トレンディネット 2017年4月26日付の記事を転載]