料金競争後は定額データ通信で影響力を発揮

 では、この20年間で、PHSが携帯電話市場にもたらした影響は何だったのだろうか。

 まずは、競争の加速とそれに伴う「料金の低廉化」である。

 PHSがサービスを開始した1995年ごろ、携帯電話は多くの人が手にするには料金がまだまだ高かった。そこに、携帯電話よりも安価に利用できるPHSの事業者が一斉に参入。地域にもよるが、携帯電話・PHS事業者合わせて6~7の事業者がひしめき合う事態となった。それにより、料金やインフラ面で激しい競争が起き、携帯電話の料金も一般ユーザーが利用しやすい水準まで下がっていったのだ。

 それに伴い、PHSの価格面での優位性は失われていった。さらに、PHSは元々コードレス電話の延長として設計された通信方式であり、広いエリアのカバーには向いていなかったため、カバーエリアの面で携帯電話よりも不利となり、「PHSはつながらない」というイメージが定着。急速に人気を落としてしまったのである。

 その後、PHS事業者は、通話だけでなくデータ通信にも力を入れ始めた。当時はまだ携帯電話も、現在の2世代前の通信方式「2G」が主流であったため、PHSの方がデータ通信速度が速く、通信料も安かった。PHS事業者は、データ通信面での優位性を生かし、パソコンに装着するデータ通信用端末の提供などに力を入れるようになった。こうして、業界全体に大きな影響を与えた「定額データ通信」が生まれたのである。

 中でもKDDI系のDDIポケット(のちのウィルコム、現在はソフトバンクのワイモバイルブランド)が2001年に開始した「AirH"」(のちに、「AIR-EDGE」に改名)は、通信速度は低速ながらも、一定料金を支払えば全国各地でデータ通信が使い放題になることから、高い人気を博した。

 また、2003年には、音声通話端末に定額データ通信を搭載したPHS端末「AirH" PHONE」も登場。当時はiモードの人気が高まっており、携帯電話でインターネットサービスを頻繁に利用してデータ通信料が高額になることが社会問題にもなっていたことから、AirH" PHONEは大きな注目を浴び、携帯電話各社が定額データ通信サービスを提供する契機にもなったのである。

PHSの優位性を生かし、定額データ通信を実現した「AirH"」。中でも音声通話端末で利用できる「AirH" PHONE」は熱狂的なファンも生み出した。写真は筆者所有のAirH" PHONE
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