コネクテッド・ハードウエア(インターネットと接続するハードウエア)の企画・開発を手掛けるデジタル家電ベンチャーCerevo(セレボ)。
今や日本を代表するハードウエアスタートアップに成長した。その代表を務める岩佐琢磨氏は、国内外の家電メーカーをウオッチし、海外の展示会にも積極的に参加している。今回は、岩佐氏が注目する国内外のニュースや展示会にスポットを当て、イノベーションにつながるものづくりの最新トレンドを紹介する。
最近注目の展示会「サウス・バイ・サウスウエスト」のニュースから、ものづくりに参入するメーカーが多様化する背景と、ソニーが元気に見える理由を岩佐氏に独自に分析してもらった。
コンセプトモデルの展示が増えた
岩佐さんというかセレボは、海外の展示会にも積極的に参加していますよね。最近、展示会といえば「サウス・バイ・サウスウエスト(※)」の存在感が増しているような気がしています。うまく言葉にはできないのですが、イノベーションが起こる雰囲気を感じているというか……。
岩佐琢磨氏(以下、岩佐): 確かに日本でもサウス・バイ・サウスウエストの報道を目にするようになりました。でも残念ながら、今年はサウス・バイ・サウスウエストに行ってないんですよ。ニュースはもちろんチェックしていて、ソニーが積極的に参加しているのがやっぱり面白かったですね。
※「サウス・バイ・サウスウエスト(SXSW:South by Southwest)」……毎年3月に米テキサス州オースティンで行われる音楽祭、映画祭、インタラクティブフェスティバルなどを組み合わせた大規模イベント。2016年は3月11日から20日までの10日間にわたって開催された。
やはりソニーですが…。ではソニーのお話の前に、岩佐さんの目から見て、今年のサウス・バイ・サウスウエストは大きくどんな状況だったのでしょうか?
岩佐: サウス・バイ・サウスウエストを見て思うのは、東京モーターショーなどに出展される「コンセプトカー」のような、そのまま製品化するつもりが全くない「コンセプトモデル」が増えてきていることです。CEATEC(※)も、昔はコンセプトモデルがたくさん出展されていました。最近では「参考出展」はあるものの、そのままでは製品化の予定がないものはあまり見られなくなりました。CEATECが悪いわけではないのですが、サウス・バイ・サウスウエストの展示は興味深いですね。
僕の記憶が正しいなら、ソニーも2000年~2004年ごろまでは結構コンセプトモデルを展示会で出していたのですが、ここのところご無沙汰でした。コンセプトモデルをたくさん出して世に問う姿勢には社内の活気が感じられます。もしかすると、これから復権するのではないか――。そんなソニーを象徴しているようにも思います。あれを見て、来年の年初にはCES(※)もありますから、他社もまねしてコンセプトモデルを展示してくるんじゃないかと感じました。
ソニーがサウス・バイ・サウスウエストで展示したコンセプトモデル。「耳をふさがないイヤホン、首に巻くカメラ!?」
※CEATEC(CEATEC JAPAN)……アジア最大級のIT・エレクトロニクス関連展示会。千葉・幕張メッセで毎年10月頃に開催される。
※CES(International CES)……世界最大級のIT・エレクトロニクス関連展示会。米ラスベガスで毎年1月に開催される。
ものづくりが容易になり多数のプレーヤーが登場
岩佐氏は「家電が作りやすくなった」と話す
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ソニー以外で注目の動きはありましたか?
岩佐: 博報堂グループのSIX(※)による「Lyric Speaker」や、PARTY(※)の「remo-on」など、興味深いものがたくさん出てきました。PARTYの中村さん(クリエイティブディレクターの中村洋基氏)などはまさに象徴的ですが、家電メーカーじゃない企業が家電を作り始めました。まだコンセプトだけというところもありますが、すでに売り始めている企業も出てきていて、ちょっと面白い状況ですね。
※SIX……博報堂グループのクリエイティブエージェンシー。同社はサウス・バイ・サウスウエストで“歌詞が見える”スピーカー「Lyric Speaker」を出展。これにより、創造性と可能性にあふれ、今後飛躍を遂げるであろうチームに贈られる「Best Bootstrap Company」を受賞した。
※PARTY……デジタルの技術を活用したデザインを考えるクリエイティブ・ラボ。remo-onは、テレビなどのリモコンから発信される赤外線の命令を、独自の命令に変換してしまう機器。例えば、Amazonと連携すればリモコンのボタンを押すだけで日用品が届くといったことが可能になる。
家電メーカーではない企業が家電製品を作り始めている背景はどこにあるんでしょうか。
岩佐: それは「作りやすくなった」ということが大きいです。例えば、ITベンチャーというと企業名やロゴの入ったステッカーやTシャツを作るのが当たり前になっていますが、これも簡単に作れるから作るようになったんです。以前は簡単じゃなかったはずです。今やネットから誰もがボタン1つで発注できるようになっています。
これは音楽CDなどもそうです。CD-Rドライブなどが出てきたことで、誰もが簡単にCDを作れるようになりました。今どきバンドをやっていてCDを作らない人はいないでしょう。動画配信なども同じです。今やドラッグ&ドロップするだけで4K動画でも360度撮影した動画でも手軽に共有できます。
つまり、ものづくりの専門知識がない企業でも、ボタン1つはさすがに大げさですが、少しがんばれば家電メーカーになれるということですね。
岩佐: そうです。今では家電製品の内部処理の多くがデジタル化されていて、その信号処理もほとんどが国際標準化されました。そのため、世界中の部品メーカーが販売する部品のほとんどが汎用品になっています。それらの汎用部品を組み合わせるだけで家電を設計できるようになりました。
その結果として数多くのEMS(電子機器受託生産サービス)が誕生し、ファブレス(工場を持たない)メーカーが生産を委託しやすい環境が整いました。家電製品を制御する組み込みソフトのオープンソース化が進んだことも背景として挙げられます。販売においてもソーシャルメディアとeコマースが普及したため、店舗や広告費用がなくても口コミが注文につながる流れができています。なので、新興の家電メーカーは、製品コンセプトとデザインが勝負のポイントになります。
先ほど岩佐さんが挙げられた「Lyric Speaker」は博報堂系の企業、「remo-on」のPARTYの中村さんは電通出身と、広告クリエイティブ出身の方が家電作りに乗り込んできたというのは興味深いところです。
岩佐: 広告制作は基本的にはローカルな仕事なのではないかと想像していますが、家電メーカーの面白いところはグローバルに展開しやすいことだと個人的には思っています。製品をサウス・バイ・サウスウエストなどで展示すると世界中の人から「面白いね」という反応が来ます。こうした反応から「これはいける!」と実感できます。「もの」というのは見せた瞬間に相手にその本質が伝わりますし、文化の壁を越えやすいんですよ。
日本人の作る製品はセンスがいい?
やはり日本はハードウエアをつくるのが好きな国なんですかね。
岩佐: 何といっても日本の強みだと思うのが、「日本人が作るハードウエアは国際的に見てとてもセンスがいい」ということです。
それは鍛えられて、磨かれているからだと思います。日本車は世界的に売れていますし、ソニーやパナソニックの製品も売れています。周囲にハイレベルな製品がたくさんあり、それらに日々囲まれているというのはとても重要なことですね。
例えばフランス人やイタリア人はオシャレな人が多いと言われます。街並みもオシャレだし、服飾関係のメーカーやブランドも多いし、洋食器などもセンスのいいものに囲まれている。学校に行けば学校の内装もオシャレで、学校の友だちもオシャレな服装をしている。日々そういう環境で育っていると、自然にセンスが磨かれて、その結果がんばってオシャレをしなくても何となくオシャレになっていくんでしょうね。
日本の家電製品や自動車をオシャレと表現するのがいいのかは分かりませんが、国際的にもパッと見でいいね、クールだねと思われやすいのは確かです。
ソニーは本格的に復活するのか!?
先ほどソニーの話が出ましたが、国内の大手家電メーカーで、最近気になったニュースはありますか?
岩佐: シャープが台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業に買収される件、東芝が白物家電事業を中国の美的集団に売却する件など、最近はいいニュースがないですね。
そんななかで、なぜソニーが今元気になりつつあるんだと思いますか?
岩佐: あくまで私見になりますが、ようやく「平井効果」が出てきたのかなと思います。平井社長(※)は2012年4月から社長を務めていますが、「赤字にならなければいい」とか、「多少赤字になるプロジェクトがいくつかあっても、その中から『大当たり』が出ればいい」といった考え方が平井政権になってから浸透してきたのではないかと、勝手に分析しています。
この背景にあるのがSAP(※)という仕組みです。これがソニーのすべてを大きく変えているように思いますね。ソニー自身が立ち上げたクラウドファンディングサービスの「FirstFlight」も象徴的です。
※平井社長(平井一夫氏)……2012年4月からソニー代表執行役社長兼CEOを務める。
※SAP……ソニーが新たなビジネスを作り出すためにスタートさせた社内ベンチャー育成プログラム「Sony Seed Acceleration Program」(通称、SAP)のこと。
もちろん、競合家電メーカーが次々と倒れていったからという側面もあるかもしれません。競合と戦えば戦うほど切り傷も増えて赤字も増えます。しかし、最近は自社が強い分野で確実にシェアが取れるようになりました。こうした足下の環境がよくなったのと、平井社長の政策が軌道に乗ったということの相乗効果ではないでしょうか。勝手な分析ですが……。
(構成/安蔵靖志)
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