米国人に学ぶ、新生活スタート時の5つの注意点
医学博士 大西睦子のそれって本当? 食・医療・健康のナゾ
米国・ボストン在住の大西睦子氏に、ハーバード大学における基礎研究の経験や、論文、また米国での状況を交えながら、「健康」や「医療」に関するさまざまな話題を解説してもらっているこのシリーズ。
今回のテーマは、「新生活を迎えるときに気を付けることとは?」です。
4月の今頃は、学校や職場で新しく始まった生活に、夢や期待が大きく膨らむ一方、不安や緊張感が続いている人も多い時期だと思います。
多くの米国の学校は9月に始まるので季節は異なりますが、新生活に際して抱く微妙な感情は米国人も同じです。
そこで今回の話題は、米国で重要とされている「新生活を始めるときに気をつけること」を、5つ紹介します。ぜひ、参考にして下さい。
【1】第一印象を良くする
「Thin-slicing(薄いスライス)」とは、心理学や哲学で使われる言葉で、一瞬で他人の行動を評価することを意味します(日本では「第一印象は2秒で決まる」などという表現がありますね)。これは、1993年の「Journal of Personality and Social Psychology」誌で、ハーバード大学のナリニ・アンベディ博士とロバート・ローゼンソール博士が、初めて使った言葉です。
博士らは「気を配る視線を送る人」「強くうなずいている人」「あたたかい微笑をたたえている人」など、人物を撮影した2秒、5秒、10秒のサイレント映像を、調査対象者にそれぞれ見せました。対象者は自分が見た映像の中の人物を、楽観的/プロフェッショナル/正直/活動的/自信家/不安があるなど15のカテゴリーに分類して評価しました。すると、よりポジティブで好感を持てる印象の人が高評価になりました。このことから博士らは、人が他人を評価するのにそれほど時間はかからない、つまり第一印象は非常に重要だということを示しているといいます。また第一印象は、その後も長く続く傾向があるとしています。
それでは、第一印象を良くするにはどうすればよいのでしょうか? 米心理学会(American Psychological Association:APA)は、「良い第一印象を作るための6つのヒント」を挙げています。
良い第一印象を作るための6つのヒント(6 tips for making a good first impression)
1. 学校や職場の文化を知る(例えばランチや付き合いはどうしているかなど)
2. 自信を持った態度を取る
3. 質問にはていねいに答える
4. 準備と練習をしっかりする(例えば自己紹介、プレゼンテーションなど)
5. 良い聞き手になる
6. 環境に合った服装をする
つまり良い第一印象において大切なのは、どう振る舞うかということを心にとめておきたいところです。
【2】睡眠をしっかりとる
2013年に全米睡眠財団が行った米国、カナダ、メキシコ、英国、ドイツ、日本の6カ国における、25~55歳を対象とした調査によると、日本人が最も睡眠時間が少なく、平均6時間22分でした。日本人の約3分の2(66%)が、週末以外は7時間未満の睡眠で、睡眠不足を補うために、約半分(51%)の人が対象期間中の過去2週間で、少なくとも1回は仮眠を取っていました。
オックスフォード大学神経学科ラッセル・フォスター教授は、「睡眠は、脳の情報処理と記憶の定着に大切で、学習能力を高めます。複雑な問題への新しい解決策を発見する能力が3倍も高まり、創造力も向上します」と言います。また、プリンストン大学の研究者らによる、909人の働く女性を対象にした調査によると、睡眠障害はきつい仕事の締め切りと同じくらい、幸福感に負の影響を及ぼすことが分かりました。
集中して、ポジティブな気分で、効率良く仕事や勉強するには、質の良い睡眠は必須です。
【3】ヘルシーな朝ごはんを食べる
朝食を食べると、記憶力、集中力や注意力が高まることが、これまでの研究で指摘されています。また朝食を食べる習慣は、健康的なライフスタイルにつながってきます。
2013年にハーバード大学の研究者たちは、45歳から82歳の男性約2万7000人を対象とした16年間におよぶ大規模疫学調査の結果を発表しました。これによると、朝食を食べない男性は朝食を食べる男性より年齢が若く、未婚でフルタイムの仕事を持つ人の割合が高くなりました。さらに朝食を食べない男性には喫煙者が多く、身体活動が低く、アルコールの摂取が多かったのです。
結果、朝食を食べない男性は、冠動脈性心疾患のリスクが27%も高くなり、さらに夜遅く食事をする人は、そうではない人に比べて冠動脈性心疾患のリスクが55%も高くなったのです。
ただし米国人の多くはメープルシロップ付きのパンケーキや砂糖をまぶしたシリアル、ベーグル、マフィン、異性化糖(果糖ぶどう糖液糖など)入りのオレンジジュースといった、不健康な朝食を食べています。そのため朝食を食べることで肥満になってしまうことが問題になっているという現実もあります。日本でも菓子パンやスナックを、朝食代わりにしている人も増えているのではないでしょうか? 忙しい朝ですが工夫して、効率良くバランスの良い食品から栄養とエネルギーを摂取しましょう。
【4】ランチはみんなで食べる
ランチの時間は、なるべく同僚と一緒に過ごしましょう。仲間と円滑な交流関係を築いたり、会社や学校の文化を理解するための助けになります。米国人は、仕事が終わった後に、職場の同僚と飲みにいくことは少ないです。特に家族がいる人は、家族と夕食をするために帰宅します。ですので、ランチは大切な社交の時間になります。
【5】私生活で心と体のバランスをとる
趣味や習慣は続けてください。運動が好きな人は、仕事や勉強が終わった後や週末に、是非体を動かして下さい。忙しくて運動できないという人は、通勤や休憩時間に歩いたり、階段の上り下りをしましょう。
面白い研究があります。エジンバラ大学の研究者らは、木々の生い茂った公園のような、自然の緑地を散歩することによって、ストレスからくる心の疲れが癒やされるようだという報告をしました。
研究では、健康なエジンバラ大学の学生12人の頭皮に、「Emotiv EPOC」という低コストのモバイル脳波記録計を取り付けました。そして、環境の大きく違う3つのゾーンを約25分ずつ散歩してもらい、それぞれの脳波の動きを記録しました。3つのゾーンはほぼ同じ距離で、ゾーン1は歩行者の多い歴史あるショッピング街で交通渋滞は軽度、ゾーン2は緑に囲まれた空間、ゾーン3はコンクリートのビル街で交通渋滞も多い賑やかな商業地区です。
12人の学生はどのゾーンも同じように、急ぎすぎず遅すぎない、自分のスピードで歩くように指示されました。モバイル脳波計は、 学生たちのリュックサックに入ったコンピューターに脳波のパターンを送信します。脳波は、短期の興奮、欲求不満、注意深さ、覚醒、瞑想という5つに識別され、連続的に記録されました。
その結果、学生たちが緑の空間(ゾーン2)を歩いたときの脳波は、都市部(ゾーン3)を歩いたときと反対のパターンを示しました。緑の空間では、欲求不満、注意深さや興奮が抑えられて、集中力がより高まりました。さらに緑の空間(ゾーン2)から賑やかな商業地区(ゾーン3)に移動すると、今度は欲求不満、緊張や興奮が高まったのです。特に、交通量の多い商業地区を通ったとき、参加者の脳波は一貫して注意深さと欲求不満、覚醒のパターンを強めました。
以上から研究者らは、自然の公園などの緑地が脳の疲労を減らすと結論づけました。
慣れない環境での新生活では、ストレスや疲れを感じても不思議ではありません。そんなとき、ちょっと気分転換に、緑の中を歩いてみて下さい。悩んでいたことも小さく感じて、気持ちをリフレッシュできますよ! 週末は、仕事を忘れて、友人、パートナーや家族と楽しく過ごしてくださいね。気分転換は、効率良く仕事や勉強に励むために大切です。
著者/大西睦子(おおにし・むつこ)
医学博士。東京女子医科大学卒業後、同血液内科入局。国立がんセンター、東京大学医学部附属病院血液・腫瘍内科にて、造血幹細胞移植の臨床研究に従事。2007年4月より、ボストンのダナ・ファーバー癌研究所に留学し、ライフスタイルや食生活と病気の発生を疫学的に研究。2008年4月より、ハーバード大学にて、食事や遺伝子と病気に関する基礎研究に従事。著書に『カロリーゼロにだまされるな──本当は怖い人工甘味料の裏側』(ダイヤモンド社)。
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