近年、職場でのプレッシャーや人間関係といったストレスが原因で休職や退職をするビジネスパーソンが増加傾向にあるという。こうしたビジネスパーソンの心の病に対処すべく、2015年12月には「ストレスチェック制度」(改正労働安全衛生法)が施行され、労働者が50人以上いる事業所では年1回のストレスチェックの実施が義務になるなど、職場におけるストレス対策の重要性は増している。
その一方で、ストレスは体にも悪影響を与える。むしろ、心の動きが体に悪影響を与えていることが、近年の研究では明らかにされようとしているのだ。そんな研究のひとつとして、ストレスが増すと体内にある「NK細胞(ナチュラルキラー細胞)」という免疫細胞の働きが低下して、体調を崩しやすくなることが分かってきた。
部署異動や役職変更など職場環境の変化からストレスが増しやすい春に先立ち、NK細胞の働きと、その機能低下を防ぐ方法を免疫学の権威である順天堂大学の奥村康先生に聞いた。
奥村 康先生
順天堂大学医学部 免疫学特任教授、アトピー疾患研究センター長
「NK細胞」は体内をパトロールするおまわりさん
ヒトの免疫系、つまり体内に入ったウイルスなどに対処するシステムは大きく分けて2つある。
1つは「T・B細胞」などの獲得免疫系。ウイルスなどの相手の特徴を学習して、2回目以降の接触時に強く反応できるシステムだ。これらは病にかかったときなど、いざというときに働くものだ。
もう1つは、病気になる前に、常日頃、水際で働いてくれている自然免疫系だ。「NK細胞」もこの免疫系に含まれる。こちらは、初対面のウイルスなどにも反応でき、体内をパトロールしてウイルスやがん細胞の芽といったさまざまな病原体と闘ってくれるのだ。
がん細胞(大きな細胞)を攻撃して破壊するNK細胞(小さい細胞)
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「NK細胞は、私たちが大病にかかる前に悪いものを取り締まってくれる、体の中の“おまわりさん”のような存在です。おまわりさんが減ると悪さをする人を取り締まりきれなくなるように、NK細胞が減ると防御が弱くなる。つまり、風邪をひきやすくなったり、発がん率が高まったりするんです」と奥村先生。
なぜストレスが増すとNK細胞の働きが低下するのか、そのメカニズムまでは判明していない。しかし、奥村先生たちによる順天堂大学の調査では、ストレスを感じる環境下にある人は「NK細胞」の活性(=働き)が低下することが確認されている。
責任感が強い人ほどNK細胞の活性低下に要注意
「例えば、期末試験や新学期前の学生は体調を崩すことが多いです。これは、プレッシャーや不安でストレスが増加し、NK細胞の働きが低下しているからといえます」と奥村先生は語る。同時に、責任感が強く失敗したときに自分を責めるタイプ――心に負担をかけやすい人ほど、がん発症率が高いことも判明しているという。
ストレスがかかるとNK活性が落ちる
ストレスをかけた人とかけなかった人のNK細胞の活性を比べた試験結果。ストレスをかけた人のほうがNK細胞の活性が大幅に落ちることが判明した(順天堂大学調べ)。なおNK細胞の活性を示す数値は、採血で知ることが可能という
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さらにNK細胞は加齢とともに働きが鈍る。そのため、健康的な日々を過ごすためには、さまざまなアプローチでNK細胞を活性化させる努力が欠かせない。
年をとるとNK活性が落ちる
奥村先生らの調査から、20歳代をピークにNK細胞の活性が落ちることも判明している(多田・奥村:老化と免疫、現代化学11号[1984年])
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NK細胞の働きを高めるための方法のひとつは、ストレス解消だ。
「心の中に悩みをためこむと、NK細胞の働きは鈍る一方です。実際、検査に訪れた人が暗い顔をしていると、NK細胞の活性を示す数値が低いということはよくあります。ですので、大声を出して笑うことはもちろん、友人や家族など安心して相談できる人に悩みを打ち明ける、いわば愚痴をいうこともときには大切です」と奥村先生は教えてくれた。
また、趣味を見つけることも効果的だ。好きなことに没頭することで、頭をからっぽにして、悩みを忘れるひとときを得ることも欠かせない。
NK細胞を活性化させる努力が欠かせない
さらに、NK細胞の働きは、食事でサポートすることもできるという。NK細胞を活性化させる効果を持つ食品はいくつか存在する。ビタミンCや、きのこ類に含まれる多糖類がそれだ。ただ、これらは大量に摂取しなくてはならず、毎日の食生活に取り入れるにはあまり現実的ではない。実は手軽に摂れて効果的なものがある。ヨーグルトなどに含まれる乳酸菌だ。
「NK細胞をはじめとした免疫細胞は、70%が腸管の外壁にあります。乳酸菌は腸の働きをよく刺激して、NK細胞の目を覚まさせる役割を担っているのです。我々の実験でも『R-1乳酸菌』はNK細胞の活性化を高めることが確認されています」と奥村先生。
ヨーグルトなどに含まれる乳酸菌なら、時間が取れないときにも摂取しやすい。環境が変化し、慌ただしくなりストレスが増しやすいこれからの時期に備え、「乳酸菌」と「笑顔」を積極的に取り入れることが、ビジネスパーソンに欠かせない体調管理のための防衛策といえそうだ。
R-1乳酸菌を使用したヨーグルトにより風邪罹患リスクが低下
"R-1乳酸菌を使用したヨーグルトによる、山形県舟形町試験と佐賀県有田町試験の風邪罹患リスクの群間比較。試験では、R-1乳酸菌を摂取すると風邪をひきにくくなり(グラフ)、同時にNK細胞の働きが悪かった人のNK活性が高まったという(British Journal of Nutrition[2010],104,998-1006)"
(文/齋木香奈美、写真/遠藤潤)
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