家電ベンチャーのシリウスが、水洗いクリーナーヘッド「スイトル SWT-JT500」を発表した。4月21日発売で、予想実売価格は2万円前後。スイトルは掃除機のヘッドの代わりに取り付けることで、ペットの糞尿や食べこぼしなど、水分の多い汚れを吸い取ることができる。既存の掃除機に取り付けて使う水洗いクリーナーヘッドは世界初だという。
家電ベンチャーのシリウスが4月21日に発売する、水洗いクリーナーヘッド「スイトル SWT-JT500」(オープン価格で、予想実勢価格は2万円前後)
シリウスの亀井隆平社長は「掃除に革命を起こし、掃除機の新しいカテゴリーを作り出す商品」と自信を見せる。
「水の力で掃除する世界初の水洗いクリーナーで、カーペットなどにこびりついた汚れや頑固なシミ、チリ、ホコリなどをニオイも残さずにきれいに吸い取る」(亀井社長)
2016年10月24日からクラウドファンディングサイトの「Kibidango(きびだんご)」でスイトルの支援を募集したところ、10月26日には目標金額(100万円)を達成。最終的に503人の支援者から700台、1164万8136円の金額が集まった。
クラウドファンディングサイト「Kibidango(きびだんご)」で、2016年10月24日から12月22日まで支援者を募集していた
スイトル自身は動力を内蔵せず、取り付けた掃除機の吸引力によって内部のファンが回転し、ゴミと空気を分離する。単純に水分の多いゴミを吸い取るだけでなく、本体内のタンクから水を噴射しながら掃除するのがポイントだ。
日本では一般的ではないものの、欧米では水フィルター式掃除機など水分を吸い込める掃除機が普及している。しかし従来のものは大きな問題があったと亀井社長は語る。
「欧米では水を吹き付けてから湿式掃除機で吸い取る『水掃除機』や、吸い取った空気を水でこす『水フィルター掃除機』が普及していたが、汚水と空気を完全に分離する技術は確立されていない。そのため、汚水が吸引されてモーター部に達すると電極部が漏電して故障の原因になるし、モーターの羽根などに汚水が付着すると排気の悪臭やサビ、汚れ、カビなどが発生する。また、吸い込み仕事率が低下するなど、さまざまなトラブルを引き起こし、製品そのものの寿命が落ちる原因となってしまう」(亀井社長)
欧米は日本に比べて一般的に湿度が低く、室内でも靴を脱がない生活スタイルであることから水を使う掃除機が普及している。一方で、日本で普及していない理由について、亀井社長は「安全性、耐久性、操作性、収納性、また生活スタイルの違いなどから家庭用掃除機としては普及・定着していない」と語る。
「潜在ニーズがあっても、日本人の家電に求めるクオリティーを満たす商品がなかったのが実情」(亀井社長)
スイトルは広島県福山市の発明家、川本技術研究所の川本栄一代表が約20年前から温めていたアイデアを具現化したものだ。
「川本さんが発明したアクアサイクロン技術やターボファンユニット、ノズルによって、カーペットなどにこびりついた汚れやシミなどを洗浄しながら吸引できる」(亀井社長)
水を噴射しながらゴミを吸い取る
スイトルはキャニスター型掃除機のノズルを取り付けて掃除できるクリーナーヘッドだ。本体下部に水タンクがあり、先端のノズルをカーペットなどに密着させたときに負圧(外の気圧より圧力が低い状態)になることで弁が開き、タンク内の水が噴射される。
カーペットにノズルが密着して負圧になることで弁が開き、タンク内の水が噴射される
コーヒーのシミがきれいに吸い取られているのが分かる
ノズルから吸い取られたゴミは汚水槽のほうに入るが、「技術的な最大の課題が、吸引した汚水が壁面を伝わって掃除機本体に浸入することをいかに防ぐかだった」(亀井社長)という。
「従来の水フィルター掃除機などの最大の弱点はここにある。汚水の侵入経路は回転するファンと本体の外壁との隙間だが、この隙間がなければファンがロックして回転できない。スイトルは掃除機の風圧を利用して逆噴射ターボファンユニットを回転させ、フタの天面にある外気取り込み口から外の空気を取り込んで『エアシール』、つまり空気の壁を作る。このエアシールの押し下げる力が、ファンの本体の外壁との隙間から浸み上がってくる汚水の侵入を防いでいる」(亀井社長)
スイトルの上部のフタを外したところ。上が汚水槽になっている
スイトルの下部のフタを外したところ。こちらに洗浄用の水を入れる
スイトルのノズル部分。ゴミなどを吸い取る様子や、水が出る様子がよく見えるようになっている
ノズル部分を下から見たところ。固形物をこすりつけないように、アヒルの口のような形状になっている
スイトルのフタの部分には、吸い込んだ汚水が掃除機のほうに流れないようにする逆噴射ターボファンユニットが付いている
さらに、転倒時や落下時に掃除機に水が入らないようにする逆流防止弁も備えており、二重三重に安全対策を施している。
本体前面にはレバーが備えられており、レバーを切り替えることで水の噴射をオン・オフできる。水を噴射してひと通りきれいにしたあとは、噴射を止めて吸い取れるという仕組みだ。スイトル本体には電子部品が全くないので、すべて水洗いできるようになっている。
「狙ったゴミをわずか1分で吸い取るスポットクリーニングが可能。汚れやニオイ、雑菌を閉じ込めて空気中に逃さない。わずかペットボトル1本分、500mlの水で最長3分間、高い洗浄力を発揮する。さらに除菌水の素を入れて50ppmの弱酸性次亜塩素酸水を作ると、家庭の除菌・消臭対策、特にペットのおしっこに極めて高い効果を発揮する」(亀井社長)
ターゲットは「ペット世帯」
スイトルのターゲット層は「ペットを飼っている世帯」だと亀井社長は語る。
「キャニスター型掃除機を持つ全国5340万世帯にスイトルを提案していくが、その中でコアとなるターゲットは犬を飼っている全国約800万世帯、猫を飼っている560万世帯。ペットがしてしまったおしっこの汚れ、いつまでも取れないシミ、抜け毛、しつこいニオイなど、ペットにまつわる悩みを持つ人は増えている。ペットの数は犬と猫を合わせると1980万頭にも達しており、今や15歳未満の子どもの人口より多い。ペット関連の消費も多様化して着実に拡大している」(亀井社長)
ペットを飼っている家庭がスイトルのメーンターゲットとのことだ
ペットの数は犬と猫を合わせると1980万頭に達し、15才未満の子どもの人口より多い
もちろんカーペットを使用している一般家庭もターゲットになるが、最近の新築住宅のほとんどがフローリングになっている。そのあたりは逆風ではないのだろうか。
「たしかにほとんどがフローリングだが、ペットにとってフローリングは足を滑らせて危険なこともあり、ペットを飼っている家庭の多くはカーペットやラグなどを使っているので、十分にチャンスはあると思う」(亀井社長)
ペットを飼っている世帯以外では、高齢者や幼児のいる家庭にも訴求していくようだ。
「高齢者の介護や幼児の食べこぼしなども有力なターゲット。発明した川本氏は20数年前に介護で苦労された経験があり、手を汚さずに排泄物などを一気に吸引できるものは作れないかと考えたのがスイトル開発の動機だったそうだ。スイトルは『掃除プラス洗浄』という掃除マーケットにおける新しいカテゴリーの提案」(亀井社長)
「デザイン」と「品質」を重視して開発
亀井社長は2010年に三洋電機を退職してシリウスを起業し、三洋電機時代から関わりがあった次亜塩素酸水を空間清浄に用いた「J-BOY」を開発。医療機関や介護施設向けに販売している。
次亜塩素酸水を用いたシリウスの空間清浄システム「J-BOY」
「三洋電機のDNAを受け継ぐ一人として、いつかは日の丸家電の復活をと胸に秘めていた」という亀井社長が川本氏の発明に出会い、「私にとっては日の丸家電復活のトリガーになる商品と直感した」と言う。
ただし、シリウスはわずか6人の零細企業。スイトルを商品事業化するにはシリウスのみでは不可能だったと、亀井社長は語る。「独自の強みを持つパートナー企業との協業戦略が不可欠の前提となる。製販可能なら官民コラボなどの力を借りてでもヒット商品を生み出すことを期し、成功の条件として『デザインファースト』『クオリティーファースト』という2つの条件を設定した」(亀井社長)
「デザインと品質は、ものづくりで最も優先されるべき基本原則事項」という信念を持つ亀井社長が重視したのが、全体を統括するディレクターにデザイナーを起用することだった。
「デザインを製品戦略の根幹にすえて、デザイナーが商品の構造、企画段階から開発、販売、市場導入まで、全体を統括するディレクターとして開発に当たった」(亀井社長)
デザインと商品のコンセプト設計は、秋葉原に拠点を持つクリエイター集団exiii(イクシー)が担当している。イクシーは電動義手「Handiii(ハンディー)」の開発によって「iF design award」でGOLD Awardを受賞し、国内では2016年のグッドデザイン賞金賞を受賞するなど、国内外で実力が高く評価されている。
また、コンセプト設計とプロモーション戦略、コミュニケーション戦略については、ブランディングやマーケティングを得意とするクリエイティブ集団の未来予報の力を借り、設計・製造に関しては兵庫県加古川市のユウキ産業が担当した。
ユウキ産業は、旧三洋電機の掃除機などの協力会社であり、今でも電機・自動車メーカーの金型樹脂成型、組み立て加工までこなす製造メーカーだ。スイトルの開発には、三洋電機の掃除機「Airsys(エアシス)」の開発チームが担当したという。
「ユウキ産業は、掃除機そのものを知り尽くし、家電の品質基準を熟知し、品質に対する基本の考え方や姿勢が徹底している。かつて三洋電機でものづくりに取り組んだ一体感によって、利害が衝突する切迫した商品検討の現場や、妥協が許されない品質課題検討の場などにおいても信頼が得られたと確信している」(亀井社長)
今回発表したスイトルの第1弾モデルは掃除機のノズルに装着するアタッチメントタイプだが、現在動力内蔵型(掃除機型)のモデルの開発も進めており、そのほかにも湿式乾式両用タイプ、さらには大型化、小型化したモデルなど商品ラインアップの拡充を図っていくとのことだ。
モーターを内蔵。単体で動作する水洗い掃除機も開発中
発表会には製品デザインを担当したイクシーの小西哲哉CCOが登壇し、デザインプロセスについて解説した。
「2015年11月にプロトタイプを見せていただいたときに、『おーっ!』と思った。カーペットにカップラーメンを散らかして掃除したときは本当にきれいに吸い取れて、『これは本当に欲しい』と思った。これをどうやってお客様に伝えるか、アイコニックな形状にするか、水の流れをどのように見やすい形にするかを念頭に置いてデザインした」(小西氏)
数種類作ったデザインコンセプトの中からハンドルに注力したものと、水の流れを強調したものとの2つに絞り込み、最終的にハンドルに注力したデザインを基に進めていったという。
もともとのプロトタイプは川本氏が図面なしに、勘を頼りにしながら手作業で作り上げたもの。それを3Dスキャンして構造をモデリングし、デザインの中に入れ込んでいったが、細部まで詰めていく段階で川本氏から新たなプロトタイプが生み出されていった。
「そのたびにモデリングをし直さなければいけないのだが、第1弾より第2弾のほうが確実に性能がアップしているので、やるしかない」。小西氏は笑いながらそう語った。
「今回は動力内蔵ではないが、モーターを内蔵して単体で動くものを考えている。今回、ユウキ産業さんと一緒に製品を開発していく中で得られた知見も加えて、さらにクオリティーの高いものを作りたいと思っている」(小西氏)
スイトルの仕組みを発明した、川本技術研究所代表の川本栄一氏も続いて登壇した。
「小西さんのデザインと実際の機能とのマッチングが難しい面もあったが、ノズルのラインや全体の出来上がりがすばらしく、リビングのどこに置いていても違和感どころか注目を集めるようないい商品になったと、本当に喜んでいる。この商品に限らず、水と空気を操る技術を使った違う商品が頭の中にあるので、これに飽き足らず、水と空気を制御する次の商品を作りたいという心境だ」(川本氏)
スイトルの仕組みを発明した、川本技術研究所代表の川本栄一氏
川本氏による原理試作。小西氏とユウキ産業がプロトタイプの試作を進めている最中にも、次々に新たな試作品が生まれていったという
3Dプリンターによって作られた試作品(写真左)と、完成一歩手前のモデル(写真右)
筆者も発表会場でスイトルの使い勝手を試してみた。本体下部の前方が少しラウンド形状になっており、少しだけ力を入れて前に倒すだけでスムーズに吸い取れる。
ノズルをカーペットに密着させて負圧になると、自動的に水が出てくるという仕組みもユニークで興味深い。ただし、そのためにはしっかりと密着させなければならず、少し慣れが必要なように感じた。このあたりは完全に電源なしで、掃除機の吸引力とそれを基にした気圧の変化だけで負圧が実現していることに起因しているのだろう。
電源なしで使えるので完全に水洗いできるのがメリットではあるものの、床に凹凸がある場合などはうまく水が出てこない可能性もあるのではないだろうか。
水が吹き出す量も多からず少なからず。ただし、水を出したそばからノズルで吸い込むので、できるだけ濡らしたくない場所(例えばベッドやふとん、ソファー、たたみなど)では水の量を減らしたり、反対に頑固汚れの場合は水の量を増やしたりと、水の噴出量をコントロールできる機構があればさらにいいのではないかと感じた。
筆者も以前には猫を、現在は犬を飼っている。粗相をしてしまったり、吐いてしまったりということは日常茶飯事だ。掃除機に取り付けて掃除し、その後しっかりと水洗いするという手間がかかるものの、手を汚さずに掃除できることに魅力を感じる人は多いだろう。現在開発中だという掃除機タイプの製品の完成も楽しみにしたい。
(文・写真/安蔵 靖志=IT・家電ジャーナリスト)
[日経トレンディネット 2017年3月7日付の記事を転載]
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