2011年3月11日の東日本大震災から6年がたち、現地の復興も少しずつ進むなか、高まっているのが首都圏直下型地震への危惧だ。特に小さな子供がいる場合、被災時にわが子の命を守り切れるか大きな不安を抱いている家庭も多いだろう。
そこで、1995年の阪神淡路大震災の被災者であり、自らの経験に基づいた防災術を発信している料理研究家の坂本廣子氏・坂本佳奈氏に話を聞いた(日経トレンディネット関連記事「避難所頼みは危険!? 被災経験した料理研究家が語る『ちょい足し防災術』」)。
子供の生死を分けるのは「粉じん対策」!?
坂本氏が都市部の防災で重視しているのが、建物が倒壊したときに大量発生する「粉じん」の対策だ。「阪神淡路大震災のときは倒れたところか出てくる粉じんが、煙が充満したかと思うくらい長い間漂っていました。特に小さな子供がこの粉じんを大量に吸い込むと、窒息したり、将来の肺機能の低下による病気を引き起こしたりすることもあります。逃げるときに足を守ることは誰でも気がつきますが、粉じん対策は見落としがち。震災時、子供が粉じんを吸い込まない備えを普段からしておくことが大切」(坂本廣子氏)。
2012年に東京都が発表した「首都直下地震等による東京の被害想定」では、東京湾北部にM(マグニチュード)7.3の地震が起こった場合、全壊する建物は11.6万棟以上、火災を含む建物被害は30万棟以上(風速8メートルの場合)に上ると想定されている(下の図参照)。こうした状況に陥ったとき、いったいどうやって大量の粉じんから子供を守ればいいのか。
坂本氏が勧めているのは、バッグの中に常にバンダナのような大きなハンカチになるものを入れておくこと。逃げるときに口の周りに巻くと粉じんを鼻から吸い込まないための簡易マスクとして使え、斜めに折って長い帯状にすれば簡単な止血もできるからだ。
また避難袋には数枚のマスクを準備しておくことも重要だという。粉じん防止用マスクはすき間がないように装着することが重要だが、子どもの成長に応じてぴったりフィットするマスクは市販品にはないので、伸縮性のあるキッチンペーパーに切れ目を入れたマスクを作っておくといいそうだ。また親がいないところで被災した場合に備え、揺れたらすぐにマスクをつける練習を普段からさせておくといいとのこと。
さらに東京ではもし富士山が噴火を起こせば、火山灰が降って来る危険がある。火山灰は普通の灰と違って小さな尖ったガラス繊維を含んでいるので、目に入ると角膜を傷つける恐れがあるという。子供の目を守るために、スキー用ゴーグルや水中眼鏡も避難袋の中に入れておきたい。
東京湾北部地震による全壊建物棟数の想定分布(東京都発行「首都直下地震等による東京の被害想定 ―概要版―」より転載)
【子供にもぴったり密着するキッチンペーパーマスクの作り方】(1)伸縮性のあるキッチンペーパーをまず三角に折り、2辺に切り込みを入れる。(2)底を広げ、三角の切り込みの小さな切り込みを、サイドに当たるところを折り込んでいく。(3)その下の部分を折る。(4)さらに上を折ると穴の開いたフィルター、いわゆる3層の安心フィルターマスクが出来上がり。穴の開いたところの切り込みを耳に掛ける。小さな子どもの場合は切り込みを深く、顔の大きな人は切り込みを浅くすることで自在に変化させることができる
新生児や乳児には写真のようにはりがあって通気性の高い布地で 赤ちゃんがすっぼり入るくらいの袋を作って上半身にかぶせると、最小限の粉じんを防ぐことができる
遊びながら命を守る“防災アクション”を覚える
現実問題として地震はいつ来るかわからず、いざというときに親がそばにいて守れるとは限らない。だからどこで被災したとしても、子供が自分で身を守れるようなテクニックや力をつけてさせておくことが重要だ。
とはいえ、「うちの子はまだ小さいから、そんな難しいことを教えるのは無理」と考える親も多いだろう。しかし坂本氏は「普段していないことはとっさにはできないもの。簡単なアクションを日常の遊びの中に取り入れながら練習すればいい」という。「くらしの防災」で紹介されているトレーニング例の中から一部をピックアップした。
(1)ぐらぐら揺れたら「くるりんだんごむし」
揺れたとき、落ちてくるものから身を守る防御姿勢(うつ伏せになり、体をくるりんとダンゴ虫のように丸めて頭と首を守る)がとれれば、助かる確率はかなり高くなる。合図と同時に「くるりんだんごむし」のポーズをさせるゲームなら覚えやすい。机や戸棚などの下にもぐって、寝ているときなら布団の中で、絵本を読んでいるときなら本を頭に広げてヘルメットのようにして、などさまざまな状況でやってみるのがポイント。
(2)「かぶってかぶって」頭を守る
フライパン、なべ、ごみ箱、バスケット、かご、ダンボール、絵本、ヘルメット、ざぶとんなど、頭を守ることのできる身近な物を、人数よりひとつ減らして用意。合図と同時に取ってかぶることができた人が勝ち、というゲームで、とっさの時に頭を守るトレーニングになる。
(3)火事になったら「赤ちゃんはいはい」で逃げ出す
火災による煙は熱で上昇した後、天井まで上ると横方向に広がり、煙の量が増えると床近くまで下がるという。だから火事のときは煙を吸い込まないようにできるだけ低い姿勢をとり、床近くに残っている空気を吸うようにすることが重要とのこと。低い姿勢で前に進む「はいはい」の練習をしよう。例えばテープ等を床から80㎝くらいのところに貼り、その下をはいはいする練習を遊びに取り入れてもいい。
(4)体に火がついても、あわてず「いもむしごろごろ」で消火!
日本では子どもの防火対策として火の元になるものを近づけないことを重視しているが、米国では「体に火がついたらそれを消す方法」を教えているという。その方法とは、「ストップ、ドロップ&ロール」、走りまわらず「止まる」(酸素を断つ)、地面にコロンと身を横たえ、コロコロと転がる(ついた火をもみ消す)。これで火傷の被害を最小限に抑えることができる。ちなみに、これは大人も同じ。
ポリ袋とペットシーツで生き延びる?
多くの防災グッズが売られているが、坂本氏は「阪神大震災のときはキッチンなどで日常的に使っているものがとても役に立った」という。例えば大小のポリ袋はさまざまな使い道があるので、多めにストックしておくといいそうだ。
特に役立つのが、ライフラインが破壊され、水で手や食器を洗えないとき。「被災地の病院が機能できていないときに、最も怖いのは子供が食中毒などでお腹を壊すこと。脱水症状になると水分を摂っても身体には吸収されないので、早急に体内のミネラルバランスを調整するには点滴しか方法はありません。でも被災してすぐには病院に行けない、病院に行けたとしても点滴ができなければ不幸な結果になることもある。それを避けるため、食べるものは清潔で安全なものであることが、災害時こそ絶対に必要なのです」(坂本氏)。
食中毒防止の3原則は、ばい菌を「つけない」「増やさない」「やっつける」こと。手にばい菌が最も多くついているので、水がなく手が洗えないときは食材に触らないで清潔に料理をするのにポリ袋が役立つ。食器が洗えないときは食器にポリ袋をかぶせて食べれば問題ないし、水をためて運ぶこともできる。大型のポリ袋なら防寒・雨よけ用のカッパにもなる。また衛生対策として重要なのが水が止まったときのトイレ問題だが、ポリ袋、ペットボトル、新聞紙があれば、「3分別トイレ」で衛生的に処理できる。
体温が下がりやすい子供には紙おむつやペットシーツも役立つ。床などの上に寝なければならないときには、大きなポリ袋に二重に敷きつめると、地面からの湿気で体が冷えるのを防げる。また身体に巻くと、ポリ袋やエマージェンシーブランケットを直接巻いたときのように湿気がたまらず、保温にも役立ち、おねしょ対策にもなる。
ポリ袋の簡単カッパの作り方(1)できるだけ大きなポリ袋を用意する(2)開口部でないほうの上から幅3センチくらいを顔が入る長さまで切り込みを入れる(3)下から3分の2のところに縦に切り込みを入れ、手を出す穴を作る
「3分別トイレ」でトイレ問題を解決。(1)便は新聞紙を箱型に折ったものを使用してポリ袋へ入れる。(2)尿はペットボトルの上の部分をカットしてボトル部分にビニール袋をかぶせ、上部をじょうごの形にして、尿をとる。口を結んでポリ袋に入れるようにすれば清潔に処理できる。(3)汚染源となる便と尿を混ぜ合わせると発酵が起こりやすくなるので、汚れた紙は空気にふれないよう、ポリ袋に入れ両端を折りたたんで捨てる。尿・便・紙と3つに分別し、ふた付きの大きな箱に大きなポリ袋を入れたものにためておき、衛生上の心配のないところに置いておく。個別に回収することで衛生上の安全を保つことができる
避難袋に入れるなら、チョコレートより「ようかん」
小さな子供がいる家庭の場合、避難袋にぜひとも常備しておきたい食品は、豆製品だという。それは脳が完成している大人と違い、発達途上の子供の脳は脳を作る素材である必須アミノ酸を常に必要としているからだ。「必須アミノ酸が極端に不足すると、脳の発達が止まるだけではなく、今まで発達してきた状態も失うことになってしまう。海外の飢餓地帯などでは、脳の成長期に極端なたんぱく質不足に陥ったことが原因で、体は大人になっても脳は子どものままになってしまう例も多くみられるのです。『食べられるようになってから』では遅い場合もあります。被災時はともかく栄養を切らさず、子どもの脳を守らなければなりません」(坂本氏)。
冷蔵を必要とする肉や魚、卵などの動物性たんぱく質は、被災時に安全に手に入れることは非常に難しい。だが食べものが必要量の半分しか入手できないときでも、そのうちの10~20%(重量比)を豆に置き換えることができれば、子どもの脳は発達するといわれているそうだ。
避難袋には、何かしら豆製品を入れておくことが重要。レトルトパックになっている煮豆は賞味期限までに食べて次を購入する〝回転備蓄〞向きだし、ようかんは脳のエネルギーとなる糖分を含んでいるので低血糖も防げる。調理しやすい煎り豆、粉状なので飲み物に入れたりおやつにかけて食べたりしやすいきなこなども便利とのことだ。
離れ離れになったときの準備も重要
『くらしの防災 いのちを守り「災後」を生きるために』(坂本廣子・坂本佳奈著、メタモル出版刊)。著者は阪神淡路大震災の激震地で被災し、心肺蘇生術で命を救い救われた母と娘。被災後、料理家として活躍しつつ、経験者ならではの視点から「防災とは何か」を発信し続けている
被災時には、逃げまどう人で道路があふれることが予想される。「歩ける小さな子どもでも、手をひいて混雑の中を逃げることは難しい。離れてしまわないように、リードを準備しておきましょう」(坂本氏)。乳児と幼児がいるなら、乳児は前に抱っこ、幼児は背中におんぶして、2人とも身体にくくりつけて逃げる。人に押されて圧死するのを避けるため、可能ならば乳母車やゆりかご(コッド)などで子どもの身を守って逃げる。抱いて逃げたとしても、避難した先では段ボール箱でもよいので子どもの体を守るスペースを確保したい。
だが非常時には、不可抗力で子供と離れ離れになってしまうこともありうる。そんな場合に備え、子供の身に着けるものには必ず、親元に戻れる情報(名前、住所、電話番号)を付けておくこと。名前を書く場所がない場合は、別の布に書いて縫い付けてでも連絡先を明記することが重要だ。
(文/桑原恵美子)
[日経トレンディネット 2017年3月10日付の記事を転載]
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