機関車の付け替え作業に大興奮!

 発車までだいぶ時間があったせいか、B寝台車は青森駅の停車中に車掌が検札。出発してしばらくすると車内灯も暗くされ、すぐ寝られる態勢になった。ちなみに車掌は青森駅出発時点でJR北海道の社員が乗務。青函トンネルに入る手前の蟹田駅で乗務員交代のための停車があったが、ここでは運転士がJR東日本からJR北海道にバトンタッチするだけだ。

青森駅を出発する前にあった検札。車掌のポケットには機関車の運転士と交信するための無線機が入っている。出発して程なく車内灯が暗くなった。

 青函トンネルの通過を見たいと思ったが、寝台車はカーテンが全て降ろされているため、座席車のほうへ行ってみることにした。指定席はほぼ満席。自由席に至っては、通路に立っている人や、デッキに座り込んでいる人も多い。東京ディズニーリゾートの土産袋を脇に置いて寝入っている若いカップルもいたが、新幹線から乗り継いできたのだろうか。

満席状態の自由席。デッキやその隣の「大型荷物置き場」にも乗客が座り込んでいた

 最後尾のデッキ部分は、展望車のように去りゆく風景がよく見える。ビデオカメラやデジカメを構えたファンたちが押し合うように立っており、そこにとどまるのは断念。ドリームカーの端にある談話室でうたた寝をしていると、0時44分に函館駅に到着した。

青函トンネルの通過を一目見ようとファンが集まっていた最後尾。ドリームカーには談話用のフリースペースがある

 函館駅では約40分停車。機関車を付け替え、進行方向を変えて札幌へ向かう。これが、はまなす号が日本最後の定期客車列車として残った理由でもある。

 青森駅から函館駅まで牽引してきたのは電気機関車のED79型。しかしここから札幌駅までは、電化されていない区間があるため、ディーゼル機関車のDD51型に変わる。つまり、はまなす号を電車に置き換えることはできなかったのだ。それならば、ディーゼルカーにすればいいようにも思えるが、それには青函トンネルの壁が立ちはだかる。全長53㎞もある青函トンネルでは、万が一火災が起きると大事故につながりかねないため、ディーゼルカーの運行はできない決まり。臨時列車としてディーゼルカーが本州まで乗り入れた実績はあるが、その際はエンジンを切って、電気機関車に牽引されていた。

 イベント列車以外ではほとんど見ることができなくなった機関車の付け替え作業とあって、深夜でもホーム上には人だかりができた。機関車を誘導する駅員も「ここは空けておいてくれないと危険なので」「フラッシュは使わないでね」と、慣れた様子で整理している。

 到着から15分後の深夜1時ごろ、青いDD51型ディーゼル機関車が入ってきた。寝台特急の北斗星号や「カシオペア号」では機関車を2両つなげた「重連」というスタイルで走るが、はまなす号の場合は1両のみ。この日は寝台特急並みの11両編成だったが、はまなす号のほうが所要時間が長い(函館-札幌間はカシオペア号の4時間26分に対して5時間44分)ため、1両で十分という判断のようだ。

最後尾にDD51型ディーゼル機関車を連結。乗客はこぞって写真撮影を行っていた

 一方、青森駅から函館駅まで牽引してきた赤いED79型は、はまなす号が札幌駅へ向けてホームを離れるまで、そのままの位置で待機している。行き止まり式のホームで“逃げ場”がないためだが、このおかげで焦ることなく撮影ができる。

青函トンネルを牽引してきたED79型と道内を牽引するDD51型