正確を期すと、ニューヨーク市は少し事情が異なり、学校の予算配分は生徒数がベースになっている。P.S.125の予算が削減されたのも新学期の生徒の登録数が減少したためだ。もっとも、学区内の所得レベルが教育に影響を与えているという点では変わらない。

 米国では課外授業や放課後プログラムを充実させるために、保護者が中心になって資金を集めることがしばしばある。この手の資金集めの時にモノを言うのは親の財力とステータス(社会的地位)だ。

 マンハッタンの中でも屈指の高級エリア、トライベッカの小学校では近隣の有名シェフを招き50万ドル以上を集めたことが話題になった。だが、ランチ補助を受けているような貧困家庭にはそんな芸当は期待できない。現に、P.S.125が資金調達のためにイベントを開いたときなど、大の大人が7時間クッキーを売り続けて60ドルしか集まらなかった。

廃校間近の学校を救ったきっかけとは

 「われわれ教師も廃校になると思っていました」

 13年前からP.S.125で教えているブリンダ・フォックスが吐露するように、2000年代後半のP.S.125は土俵際に追い詰められていた。予算の減少によって体育や音楽、美術などテストに関係のない教科はどんどん削られた。英語と算数のテスト対策ばかりで子供の学ぶ力が養われるはずもない。結果的に子供たちの学校離れが加速した。まさにデススパイラルである。

 だが、あるきっかけで歯車が逆回転し始める。ヒギンズの就任とプログレッシブ教育へのシフトだ。

 プログレッシブ教育とは何か。人によって定義が異なるが、一人の教師が生徒に答えを教えるような伝統的な教育スタイルではなく、子供が持っている好奇心や一人ひとりの習熟度に応じて、最適な学びの機会を提供する教育のことだ。

 なぜ空は青いのか、なぜ雲は動くのか。子供は素朴な疑問を持つ。興味のあることを学ぶときはフラストレーションを感じることなく楽しめる。そうした好奇心をつぶさずに、上手く引き出して学ぶ機会につなげていく。それがヒギンズの考えるプログレッシブ教育である。

 そのためには読み書きソロバンだけでなく、アートやオペラ、ダンス、水泳、野菜作りなど子供の好奇心のアンテナに引っかかる様々なプログラムが必要になる。「プログレッシブ」という用語を使うかどうかはともかく、こういった教育は裕福な家庭の子供が通うボーディングスクール(全寮制学校)や私立校、寄付の多いチャータースクールでは当然のように提供されている。

 プログレッシブ教育を求める保護者は増えているが、様々な教育プログラムが必要なうえに、教える側のスキルも求められる。予算に限りのある公立校で実現するにはハードルが高い。ヒギンズはあえてそこにチャレンジしようとした。

 「プログレッシブ教育自体は古くからあるスタイル。教師だった両親にそれが理想だという話はよく聞いていて、自分が校長になったときに試したいと思っていました」

幼児教育のメソッドを小学校に拡大

 プログレッシブ教育への転換――。それが可能になった大きな要素として、併設しているPre-K(満4歳の児童が通う幼稚園前のプログラム)で実施されていたことが挙げられる。

 幼児教育はそもそも学力ではなく、それぞれの好奇心を引き出すようなプログラムであることが多い。P.S.125のPre-Kも積極的に外に連れ出していろいろな体験をさせるプログラムを提供しており、不人気の小学校とは違って高い人気を誇っていた。そこで、Pre-Kの教師と協力して、そのメソッドを幼稚園、1年生、2年生に広げていくことにした。

 「幼い子供には自分で試して発見できる環境を作って上げることが大切です。言葉で教えるよりも、実際に触って何かを発見するものです。その発見を授業に持ち込みます」

小雨がぱらつく天気だったが、子供たちは菜園で様々なものを観察していた(写真:Retsu Motoyoshi)

 Pre-Kのプログラムを作り、今は一つ上の幼稚園で教えるミシェル・アレンは言う。

 取材で訪れた6月初め。外はときおり小雨がぱらついていたが、幼稚園の子供は気にするふうもなく、学校に隣接する小さな家庭菜園に出ていた。あるグループは片隅にあるコンポストに食べたバナナの皮を入れ、あるグループは畑に座ってバジルなどの苗の絵を描き、あるグループは土の中の虫を探し、あるグループは敷地にある桜の木に登っていた。服が汚れることを気にする大人は誰もいない。アレンによると、自然の循環を感じさせる意味があるのだという。