カーミットから車で30分ほど走った所にある、州南西部のウィリアムソンも状況はさして変わらない。この町の薬局もオピオイド鎮痛剤の過剰販売のかどで訴えられている。見たところ小さな薬局だが、カーグルによれば1日150錠のオピオイド鎮痛剤を処方していた。

「ドラッグ汚染の元凶は強欲とカネ」

 「1990年代後半までオピオイド鎮痛剤の話はあまり聞かなかった。問題になり始めたのは、2004年か2005年に州政府が(オピオイド鎮痛剤の乱用に関する)捜査を開始した時だったと思う」

「100マイルも離れたところからオピオイドを買いに来る人間もいた」と語る地元商工会議所のチャーリー・マッコイ(写真左)。右はウイリアムソンの元市長、ダリン・マコーミック(写真:Retsu Motoyoshi)

 2005年から2014年まで市長を務めたダリン・マコーミックはそう振り返る。ウィリアムソンが猛吹雪に見舞われた時のこと、警備担当者を急募したが、応募した18人のうち14人が薬物検査で引っかかった。

 「薬局にしてみれば、『医師の処方箋に従って処方しているだけだ』と言うだろう。私も、安易に処方箋を書く医師が問題だと思う」

 確かに、石炭の採掘といった類いの仕事は危険を伴い、事故があれば応急処置の1つに鎮痛剤が処方されることになる。だが、効き目が強いだけに、次第に風邪などの軽い症状でも鎮痛剤を求める。医師も求めに応じ、産業を担う地域コミュニティに広く中毒患者が広がっていく。結果的に鎮痛剤の需要が増えるため、医師や薬剤師、医薬品卸がその利益に群がってくる。そんな負のスパイラルが、状況をここまで悪化させた構図だ。

 「明らかに医師や薬剤師はオピオイド鎮痛剤のリスクを知っていた。エピデミックを加速させたのは強欲とカネだ」(弁護士のカーグル)

製造業と炭鉱業の低迷がドラッグに拍車

 南部の炭鉱エリアで始まったドラッグの蔓延──。製造業と炭鉱業の低迷がそれに拍車をかけた。

 コテージビルの場合は地域最大の雇用先の一つだったアルミニウム工場の閉鎖だ。この工場は最大4000人の従業員を抱えていたが、1980年代以降の国際競争や業界再編によって徐々に規模を縮小していった。2009年以降は、ほぼ閉鎖状態だ。

 「工場閉鎖はコミュニティに大きな影響を与えた。その影響でドラッグに走った人間も実際に知っている」

 近隣のプラスチック会社Star Plasticで事業開発マネジャーを務めるルーク・シンドラーはこう語る。